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J-リセット:日本人だけの地球再設計   作者: 月城 リョウ
第6章:新世界の光と影
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第6章3

十二月三十一日、午前十時。在日外国人コミュニティセンター。


優希は、リー・ジュンホと向かい合って座っていた。


二人の間には、重い沈黙。


「リーさん」


優希が、口を開いた。


「聞きました。コミュニティが、分裂しているって」


「......ええ」


リーは、疲れた顔をしていた。


「チャン・ウェイという男が、『多文化共生連盟』を立ち上げようとしています」


「その人は......どんな人ですか?」


「若くて、情熱的で、カリスマ性がある」


リーは、苦笑した。


「そして――私より、在日外国人の心を掴んでいます」


「......」


「佐藤先生」


リーは、優希を見た。


「正直に言います。私も、迷っています」


「迷って......」


「ええ」


リーは、拳を握った。


「日本語化計画。それは、理論的には正しい。効率的で、合理的です」


「でも――」


リーの声が、震えた。


「私の心は、痛むんです」


「リーさん......」


「私は、韓国語で育ちました。韓国の歌を聞き、韓国の本を読み、韓国の文化を愛してきました」


リーは、窓の外を見た。


「それを、捨てろと言われている気がするんです」


優希は、何も言えなかった。


「佐藤先生」


リーは、優希を見た。


「あなたに、一つ聞きたい」


「はい」


「もしも、日本語が消えると言われたら――あなたは、どう感じますか?」


優希は、息を呑んだ。


「......」


想像した。


日本語が消える。


日本の文化が消える。


「......辛いです」


優希は、正直に答えた。


「とても、辛いです」


「でしょう?」


リーは、悲しそうに笑った。


「それが、私たちの気持ちです」


「......すみません」


優希は、頭を下げた。


「僕は、配慮が足りませんでした」


「いえ」


リーは首を振った。


「あなたは、悪くない。ただ――」


リーは、立ち上がった。


「難しいんです。とても、難しい」


その時――


ドアが激しく開いた。


「リーさん! 大変です!」


在日外国人の若者が、駆け込んできた。


「どうした?」


「新宿で、事件が!」


「事件?」


「中国人と日本人が、衝突しています!」


「なんだって!?」


リーと優希は、顔を見合わせた。


「行きましょう!」


二人は、車に飛び乗った。


---


**午前十一時。新宿・歌舞伎町。**


現場に着くと、既に警察が到着していた。


そして――


大勢の野次馬。


その中心に、二つのグループ。


一方は、日本人の若者たち。


もう一方は、中国人の若者たち。


「何があったんだ......」


優希は、警察官に尋ねた。


「喧嘩です」


警察官は、疲れた顔をしていた。


「中国人グループが、日本語の看板に中国語のステッカーを貼っていたんです」


「ステッカー......」


「ええ。『这里也说中文』(ここでも中国語を話します)というステッカーです」


警察官は、証拠品を見せた。


確かに、中国語のステッカー。


「それを見た日本人グループが、激怒して......」


「喧嘩になった、と」


「ええ。双方、数名が負傷しています」


優希は、現場を見た。


中国人グループのリーダーらしき男が、叫んでいた。


「我々には、母国語を使う権利がある!」


日本人グループも、叫び返す。


「ここは日本だ! 日本語を使え!」


「日本? もう国境なんてないだろ!」


「黙れ! お前ら外国人は、日本に従え!」


「従え? お前ら、何様だ!」


怒号が飛び交う。


優希は、拳を握った。


「止めないと......」


優希は、前に出ようとした。


だが――


リーが、優希の腕を掴んだ。


「待ってください」


「でも――」


「今、あなたが出ても、逆効果です」


リーは、真剣な目で言った。


「日本人は、あなたを『外国人の味方』と見る。中国人は、あなたを『日本政府の犬』と見る」


「......」


「ここは、私に任せてください」


リーは、前に出た。


「みんな! 落ち着いて!」


リーの声が、響いた。


「リーさん......」


中国人グループの一人が、リーを見た。


「あなたは、佐藤の味方でしょう」


「違う」


リーは、首を振った。


「私は、みんなの味方だ」


リーは、両方のグループを見た。


「日本人も、中国人も、みんな――同じ人間だ」


「綺麗事を言うな!」


日本人グループの一人が、叫んだ。


「こいつらは、ルールを破ったんだぞ!」


「ルール?」


中国人グループのリーダーが、反論した。


「誰が決めたルールだ? 日本政府が勝手に決めたルールだろ!」


「勝手に? お前ら、日本に住んでるんだぞ!」


「住んでる? 俺たちは、ここに『残された』んだ! 選んだわけじゃない!」


また、怒号。


リーは、拳を握った。


「みんな!」


リーの声が、さらに大きくなった。


「喧嘩をして、何になる!」


「......」


「日本人も中国人も、争っても何も解決しない!」


リーは、全員を見回した。


「私たちは、協力しなければならない。そうじゃなければ――」


「綺麗事だ」


声がした。


人混みの中から、一人の男が現れた。


チャン・ウェイだ。


「チャン......」


リーは、驚いた。


「お前、ここに何を......」


「見に来たんだよ」


チャンは、不敵に笑った。


「これが、『協力』の結果だ」


チャンは、中国人グループを見た。


「お前たち、よく聞け」


チャンの声が、響いた。


「リー・ジュンホは、日本政府の犬だ。彼は、我々を裏切った」


「違う!」


リーが、叫んだ。


「私は、裏切っていない!」


「では、なぜ日本語化に賛成した?」


チャンは、リーを見た。


「なぜ、我々の文化を捨てることに賛成した?」


「それは――」


「答えられないだろう」


チャンは、中国人グループに向き直った。


「彼は、もう我々の代表じゃない。新しいリーダーが必要だ」


「待て!」


リーが、前に出た。


だが――


中国人グループの何人かが、チャンの方へ歩いていった。


「チャンさん、俺たちは賛成です」


「俺も」


「私も」


リーは、呆然と立ち尽くしていた。


「みんな......」


優希は、その光景を見て――


胸が締め付けられた。


「僕の、せいだ......」


優希は、拳を握りしめた。


「全部、僕のせいだ......」


---


**午後三時。首相官邸・緊急会議室。**


藤堂総理、桜井、石橋副長官、そして優希が集まっていた。


「新宿の事件、報告を聞いた」


藤堂総理が、重々しく言った。


「負傷者、日本人三名、中国人四名。全員、軽傷」


「それだけで済んで、よかった......」


石橋副長官が、ため息をついた。


「しかし」


桜井が、口を挟んだ。


「これは、氷山の一角だ」


桜井は、資料を見せた。


「各地で、同様の衝突が報告されている。大阪、名古屋、福岡......」


「全国で......」


藤堂総理は、頭を抱えた。


「佐藤君」


桜井は、優希を見た。


「これが、君の『協力』の結果だ」


「......」


「日本語化計画。それは、在日外国人を刺激した」


桜井は、立ち上がった。


「そして、分断を生んだ」


「でも――」


「『でも』じゃない」


桜井の声が、厳しくなった。


「現実を見ろ。日本人と外国人が、争っている」


「それは――」


「君の責任だ」


桜井は、優希を指差した。


「君が、甘い理想を掲げたからだ」


優希は、何も言えなかった。


「総理」


桜井は、藤堂総理を見た。


「私は、提案します。日本語化計画を、一時中断すべきです」


「中断......」


「ええ。そして、治安維持を最優先にする」


桜井は、資料を取り出した。


「具体的には、在日外国人の居住区を明確にし、管理を強化する」


「それは......」


石橋副長官が、反論した。


「隔離政策ではないですか」


「隔離ではない。管理だ」


桜井は、冷たく言った。


「双方の安全のために、必要な措置だ」


藤堂総理は、黙っていた。


「総理、決断してください」


桜井が、迫った。


「このままでは、さらなる衝突が起こります」


藤堂総理は、優希を見た。


「佐藤君......君の意見は?」


優希は、考えた。


どうすれば......


日本語化を中断すべきか。


それとも、続けるべきか。


「......僕は」


優希は、顔を上げた。


「日本語化計画を、続けるべきだと思います」


「なんだって!?」


桜井が、叫んだ。


「まだ、そんなことを――」


「待ってください」


優希は、桜井を見た。


「確かに、衝突は起きました。でも、それは日本語化のせいじゃありません」


「では、何が原因だ?」


「相互理解の不足です」


優希は、立ち上がった。


「日本人は、在日外国人の気持ちを理解していない。在日外国人も、日本人の立場を理解していない」


「だから――」


優希は、拳を握った。


「対話が必要です。もっと、話し合うべきです」


「対話、か」


桜井は、冷笑した。


「今さら、対話で何が変わる?」


「変わります」


優希は、真剣な目で言った。


「人は、話せばわかり合えます。僕は、それを信じています」


「......甘いな」


桜井は、席に座った。


「だが、好きにしろ。失敗したら、次は私のやり方だ」


藤堂総理は、ため息をついた。


「わかった。佐藤君、君に任せる」


「ありがとうございます」


「ただし」


藤堂総理は、優希を見た。


「一週間だ。一週間で、成果を出せ」


「......一週間」


「それで無理なら、桜井大臣の案を採用する」


優希は、頷いた。


「わかりました」


---


**午後八時。優希のマンション。**


優希は、一人でソファに座っていた。


一週間。


一週間で、何ができる。


「対話......か」


優希は、呟いた。


「でも、どうやって......」


スマートフォンが鳴った。


美咲からだ。


「もしもし」


『佐藤先生、大丈夫ですか?』


「......大丈夫じゃないです」


優希は、正直に答えた。


「僕、どうすればいいのかわからなくて......」


『......そうですか』


美咲の声は、優しかった。


『でも、あなたは一人じゃありません』


「......」


『私がいます。健吾さんも、田村さんも、リーさんも、パクさんも――みんな、あなたの味方です』


「でも、リーさんは......」


『リーさんも、あなたを信じています。今は苦しんでいるかもしれませんが、きっと――』


その時。


ドアチャイムが鳴った。


「すみません、誰か来たみたいです」


『わかりました。また後で』


電話を切る。


優希は、ドアを開けた。


そこには――


リー・ジュンホが立っていた。


「リーさん......」


「佐藤先生」


リーの目は、赤かった。


泣いていたのか。


「少し、話せますか?」


「もちろんです。どうぞ」


二人は、リビングに座った。


しばらく、沈黙。


「佐藤先生」


リーが、口を開いた。


「私、決めました」


「何を......」


「在日外国人コミュニティの代表を、辞めます」


「なんですって!?」


優希は、立ち上がった。


「待ってください! なぜ!?」


「もう、まとめられないんです」


リーは、悲しそうに笑った。


「チャン・ウェイの方が、みんなの心を掴んでいます」


「でも――」


「そして」


リーは、優希を見た。


「私は、もう日本政府を信じられなくなりました」


「......」


「すみません」


リーは、立ち上がった。


「もう、協力できません」


「待ってください!」


優希は、リーの腕を掴んだ。


「お願いです。もう一度、信じてください」


「......もう、無理です」


リーは、優希の手を外した。


「さようなら、佐藤先生」


リーは、去っていった。


優希は、一人残された。


「リーさん......」


優希は、その場に座り込んだ。


「僕は......もう、どうすれば......」


涙が、溢れた。


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