第6章1
十二月十日。東京・首相官邸。
特異点危機から十日。
日本は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
優希は、会議室で資料を見ていた。
「J-リセット計画・第二段階」
特異点は消えた。
エネルギーも、食料も、確保できた。
では、次は?
「世界の再建......」
優希は、呟いた。
ドアが開き、藤堂総理が入ってきた。
「佐藤君、待たせたな」
「総理」
優希は、立ち上がった。
「いえ、今来たところです」
「そうか」
藤堂総理は、椅子に座った。
「では、始めよう。J-リセット計画・第二段階について」
藤堂総理は、資料を広げた。
「第一段階は、『生存』だった。エネルギー確保、食料確保、危機回避」
「第二段階は――」
藤堂総理は、優希を見た。
「『再建』だ」
「はい」
優希は頷いた。
「世界中に散らばった資源を、計画的に活用する。そして、新しい社会システムを構築する」
「具体的には?」
「まず、人口配置です」
優希は、世界地図を広げた。
「現在、一億二千三百四十万人が日本に集中しています。でも、日本だけでは狭すぎる」
優希は、地図上にマーカーで印をつけた。
「気候の良い地域へ、計画的に移住させます。オーストラリア、ニュージーランド、カリフォルニア、地中海沿岸......」
「移住、か」
藤堂総理は、考えた。
「国民は、受け入れるだろうか?」
「......わかりません」
優希は、正直に答えた。
「でも、必要なことです。人口密度を下げ、資源を有効活用する」
「そして――」
優希は、別の資料を取り出した。
「言語の統一です」
「言語......」
「はい」
優希は、資料を見せた。
「現在、地球上で使用される言語は日本語だけです。でも、海外に移住すれば――」
「現地の言語表記が残っている」
「ええ。道路標識、看板、書類......全て、その国の言語です」
優希は、資料をめくった。
「これらを、全て日本語に変える。『日本語化計画』です」
藤堂総理は、しばらく黙っていた。
「......大事業だな」
「はい。でも、必要です」
「わかった」
藤堂総理は頷いた。
「では、次の閣議で提案してくれ」
「ありがとうございます」
その時、ノックの音。
「入れ」
ドアが開き、桜井晋三が入ってきた。
「総理、佐藤君」
「桜井大臣」
「話は、聞かせてもらった」
桜井は、椅子に座った。
「日本語化計画、か。面白い」
「......ありがとうございます」
優希は、警戒した。
桜井が素直に賛成するとは思えない。
「だが」
案の定、桜井が続けた。
「一つ、問題がある」
「何でしょう?」
「在日外国人だ」
桜井は、資料を取り出した。
「彼らの中には、日本語が不自由な者もいる。特に、高齢者や子供」
「......はい」
「日本語化を進めれば、彼らは困る」
桜井は、優希を見た。
「どう対処するつもりだ?」
優希は、考えた。
確かに、問題だ。
「日本語教育を強化します」
「強化、か」
桜井は、冷笑した。
「それで間に合うのか? 言語習得には、時間がかかる」
「......時間をかけます」
「時間をかける、か」
桜井は、腕を組んだ。
「だが、その間――社会は混乱する。日本語ができない者は、仕事もできない。生活もできない」
「それは――」
「つまり」
桜井は、立ち上がった。
「君の計画は、在日外国人を排除することになる」
「そんなつもりは――」
「つもりがなくても、結果的にそうなる」
桜井は、ドアに向かった。
「よく考えたまえ、佐藤君。理想と現実は、違う」
桜井は、部屋を出ていった。
優希は、拳を握りしめた。
「くそっ......」
「佐藤君」
藤堂総理が、優希の肩に手を置いた。
「桜井の言うことにも、一理ある」
「......わかっています」
「だが」
藤堂総理は、優希を見た。
「君の計画も、正しい。日本語統一は、必要だ」
「では――」
「両立させるんだ」
藤堂総理は、笑った。
「日本語化を進めながら、在日外国人もサポートする。簡単じゃないが――」
「やるしかない、ですね」
優希は、笑った。
「はい。やります」
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**同日、午後三時。在日外国人コミュニティセンター。**
リー・ジュンホは、日本語教室を視察していた。
教室には、約五十人の在日外国人。
年齢も、国籍もバラバラ。
講師は、日本人のボランティア。
「では、復唱してください。『おはようございます』」
「おはよう、ございます」
生徒たちが、口々に言う。
発音は、バラバラ。
でも、みんな真剣だ。
「よくできました。次は、『ありがとうございます』」
「ありがとう、ございます」
リーは、その光景を見ながら――
複雑な表情をしていた。
「リーさん」
声がした。
振り返ると、ワン・シュウが立っていた。
「ワンさん」
「この教室、どう思いますか?」
ワンの声には、皮肉が込められていた。
「......必要なことだと思います」
「必要、か」
ワンは、教室を見た。
「私たちは、母国語を捨てて、日本語を学ばなければならない」
「ワンさん......」
「それが、『全人類で協力』の結果ですか?」
ワンは、リーを見た。
「私は、納得できません」
「私も......複雑です」
リーは、正直に答えた。
「でも、他に選択肢がありますか?」
「あります」
ワンは、資料を取り出した。
「多言語共存です」
「多言語......」
「日本語だけでなく、中国語、韓国語、英語......複数の言語を公用語にする」
ワンは、資料を見せた。
「そうすれば、誰も母国語を捨てる必要はありません」
「でも、それは非効率では......」
「効率より、人権です」
ワンの声が、強くなった。
「リーさん、あなたは佐藤先生に協力しすぎです」
「......」
「私たちは、もっと権利を主張すべきです」
ワンは、去っていった。
リーは、一人残された。
「権利......か」
リーは、窓の外を見た。
「でも、それを主張したら――また、対立が生まれる」
リーは、拳を握った。
「どうすればいいんだ......」
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**十二月十五日。全国放送。**
藤堂総理が、記者会見を開いた。
「国民の皆様」
藤堂総理の声が、響いた。
「本日、J-リセット計画・第二段階を発表します」
カメラのフラッシュが焚かれる。
「第二段階の目標は、『世界再建』です」
スクリーンに、世界地図が表示される。
「まず、人口の再配置。現在、日本に集中している人口を、世界各地に計画的に移住させます」
「次に、日本語化計画。世界中の言語表記を、日本語に統一します」
「そして――」
藤堂総理は、カメラを見た。
「新しい社会システムの構築。全人類が、平等に、幸せに暮らせる社会を作ります」
拍手が起こった。
「詳細は、佐藤優希博士が説明します」
優希が、壇上に上がった。
「皆様」
優希の声が、響いた。
「J-リセット計画・第二段階は、私たち全員の協力が必要です」
優希は、資料を見せた。
「移住計画は、任意です。強制ではありません」
「日本語化も、段階的に進めます。急ぐことはありません」
「そして――」
優希は、カメラを見た。
「在日外国人の皆さんにも、全力でサポートします。日本語教育、生活支援、全て行います」
優希は、深く頭を下げた。
「どうか、ご協力をお願いします」
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だが。
その会見を見ていた人々の反応は――
分かれていた。
**SNS上:**
『佐藤先生、素晴らしい計画だ!』
『世界が一つになる!』
『日本語が世界共通語になるのか、すごい』
一方で――
『なんで外国人までサポートするんだ?』
『日本人を優先しろ』
『税金の無駄遣いだ』
そして――
『母国語を奪われる......』
『これは文化的侵略だ』
『在日外国人の人権はどうなる?』
優希は、会見後、そのSNSの反応を見ていた。
「......やっぱり、簡単じゃないな」
美咲が、隣に来た。
「当然です。こんな大きな変革、誰もが賛成するわけがありません」
「わかっていますけど......」
優希は、スマートフォンを置いた。
「でも、やるしかないんです」
「ええ」
美咲は、優希の手を握った。
「私も、一緒にやります」
「ありがとうございます」
優希は、笑った。
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**同日、午後八時。桜井の執務室。**
桜井晋三は、秘書と話していた。
「佐藤の会見、見ましたか?」
「ああ」
桜井は、窓の外を見ていた。
「相変わらず、甘いな」
「甘い......ですか?」
「ああ」
桜井は、振り返った。
「在日外国人をサポート? 馬鹿げている」
桜井は、資料を取り出した。
「こちらの準備は?」
「順調です。『新世界秩序法案』、来月には提出できます」
「よし」
桜井は、不敵に笑った。
「佐藤優希。お前の理想は、すぐに崩れる」
「そして――」
桜井は、拳を握った。
「私の時代が、始まる」