第5章4
十二月二日、午前十時。首相官邸・大会議室。
「オペレーション・ユニティ」成功から一日。
政府は、緊急の表彰式を開催していた。
会場には、報道陣、政府関係者、そして――作戦に参加した全てのメンバーが集まっていた。
優希は、前列の中央に座っていた。
隣には、田村、リー、パク、健吾、美咲。
「緊張するな......」
健吾が、小声で言った。
「こんな大勢の前、初めてだ」
「僕もです......」
優希も、緊張していた。
その時――
「起立」
司会者の声。
全員が立ち上がった。
藤堂総理が入場する。
そして――その後ろに、桜井晋三。
二人は、壇上に上がった。
「着席」
全員が座る。
藤堂総理が、マイクの前に立った。
「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
藤堂総理の声は、いつもより力強かった。
「昨日、『オペレーション・ユニティ』が成功しました。これにより、地球規模の危機は去りました」
拍手が起こった。
「この成功は、一人の力ではありません」
藤堂総理は、会場を見回した。
「日本人も、在日外国人も、全員が協力した結果です」
「そして――」
藤堂総理は、優希を見た。
「その中心にいたのが、佐藤優希博士です」
拍手が、さらに大きくなった。
「佐藤君、前へ」
優希は、立ち上がった。
壇上へ上がる。
藤堂総理の隣に立つ。
「佐藤優希君」
藤堂総理は、証書を手に取った。
「あなたは、J-リセット計画の総責任者として、数々の困難を乗り越え、人類を救いました」
「その功績を称え、ここに『特別功労賞』を授与します」
藤堂総理は、証書を優希に渡した。
優希は、それを受け取った。
「ありがとうございます」
拍手が鳴り響く。
フラッシュが焚かれる。
優希は、会場を見回した。
みんなが、笑顔で拍手している。
田村、リー、パク、健吾、美咲――
みんなが、そこにいた。
優希は、涙が溢れそうになった。
「皆様」
優希は、マイクの前に立った。
「この賞は、僕一人のものではありません」
優希の声が、会場に響いた。
「これは、全員の功績です」
優希は、田村たちを見た。
「田村さん、リーさん、パクさん、アフマドさん、健吾さん、早川さん――」
「そして、名前を呼べなかった全ての仲間たち」
優希は、拳を握った。
「みんなが、命を懸けて戦いました。だから、この賞は――みんなのものです」
拍手が起こった。
そして――
田村が立ち上がった。
リーも立ち上がった。
パクも、アフマドも、健吾も、美咲も――
全員が立ち上がり、拍手した。
会場全体が、スタンディングオベーション。
優希は、その光景を見て――
ついに涙を流した。
「ありがとう......みんな......」
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**表彰式終了後。午後一時。**
優希は、廊下で一人になっていた。
疲労と、安堵と、そして――何か複雑な感情。
「佐藤君」
声がした。
振り返ると、藤堂総理が立っていた。
「総理」
「少し、いいか?」
「はい」
二人は、誰もいない会議室に入った。
藤堂総理は、椅子に座った。
「佐藤君、座りたまえ」
「はい」
優希も座った。
藤堂総理は、しばらく黙っていた。
そして――
「佐藤君」
「はい」
「お前は、約束を覚えているか?」
「......はい」
優希は、頷いた。
「桜井大臣との約束。作戦が成功したら、総責任者を辞める」
「そうだ」
藤堂総理は、優希を見た。
「お前は、辞めるつもりか?」
「......はい」
優希は、即答した。
「約束ですから」
「そうか」
藤堂総理は、ため息をついた。
「残念だ」
「総理......」
「お前は、素晴らしいリーダーだった」
藤堂総理は、窓の外を見た。
「理想を持ち、それを実現しようとした。多くの困難があったが、諦めなかった」
「そして――」
藤堂総理は、優希を見た。
「お前は、人を信じた。日本人も外国人も、平等に」
「それが、お前の強さだ」
優希は、何も言えなかった。
「だが」
藤堂総理の表情が、曇った。
「桜井大臣は、違う」
「......」
「彼は、日本至上主義者だ。在日外国人を、二等市民として扱おうとしている」
藤堂総理は、拳を握った。
「お前が辞めたら――彼が、全てを支配する」
「総理、それは――」
「私は、止められない」
藤堂総理は、自嘲的に笑った。
「私は、弱い。桜井の強さに、対抗できない」
「総理......」
「だから、お前に頼みたい」
藤堂総理は、優希の手を握った。
「残ってくれ。総責任者として」
「でも、約束が――」
「約束は、私が何とかする」
藤堂総理は、真剣な目で言った。
「お前が必要なんだ。この国に、いや――この地球に」
優希は、迷った。
約束を破ることになる。
桜井との対立も、さらに深まる。
でも――
「総理」
優希は、藤堂総理を見た。
「僕は......どうすればいいんでしょうか」
「自分の心に従え」
藤堂総理は、優希の肩を叩いた。
「お前が正しいと思うことを、やればいい」
優希は、考えた。
自分が正しいと思うこと......
「......わかりました」
優希は、顔を上げた。
「僕は、残ります」
「本当か!?」
「はい」
優希は、拳を握った。
「まだ、やることがあります。J-リセットは、まだ終わっていません」
「佐藤君......」
「世界を再建する。新しい社会を作る。それが、僕の使命です」
優希は、決意の目をしていた。
「だから、残ります」
藤堂総理は、優希を抱きしめた。
「ありがとう......ありがとう......」
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**同時刻。桜井の執務室。**
桜井晋三は、秘書から報告を受けていた。
「総理が、佐藤氏を説得しているとの情報です」
「......そうか」
桜井は、窓の外を見ていた。
「やはり、そう来たか」
「どうしますか?」
「構わない」
桜井は、椅子に座った。
「佐藤が残るなら、残るでいい」
「しかし――」
「次の手は、既に打ってある」
桜井は、引き出しから資料を取り出した。
『新世界秩序構想』
「佐藤優希がいようがいまいが――私の計画は、進む」
桜井は、不敵に笑った。
---
**午後三時。国立エネルギー研究所・屋上。**
優希は、一人で夕日を見ていた。
「残る、か......」
優希は、呟いた。
「本当に、正しい選択だったのかな......」
「正しいと思うよ」
声がした。
振り返ると、美咲が立っていた。
「早川さん......」
「盗み聞きするつもりじゃなかったんですけど、聞こえちゃいました」
美咲は、優希の隣に立った。
「佐藤先生が残ると決めたこと」
「......」
「嬉しいです」
美咲は、笑った。
「まだ、一緒に働けるんですね」
「早川さん......」
優希は、美咲を見た。
「僕、これからもっと大変になると思います」
「わかってます」
「桜井大臣との対立も、深まります」
「わかってます」
「世論も、また僕を叩くかもしれません」
「わかってます」
美咲は、優希の目を見た。
「それでも、私はあなたと一緒にいます」
「......なぜですか?」
「なぜって......」
美咲は、頬を赤らめた。
「それは......」
美咲は、言葉に詰まった。
そして――
「あなたが、好きだからです」
優希は、目を見開いた。
「早川さん......」
「すみません」
美咲は、顔を背けた。
「こんなタイミングで言うつもりじゃなかったんですけど......」
「いえ」
優希は、美咲の手を握った。
「僕も......早川さんのこと......」
優希は、言葉を探した。
「好き、です」
美咲は、優希を見た。
そして――笑った。
「ありがとうございます」
二人は、しばらく手を繋いだまま、夕日を見ていた。
「綺麗ですね」
「ええ」
「この景色、守れましたね」
「はい」
優希は、拳を握った。
「そして、これからも守り続けます」
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**十二月三日、午前十時。全国放送。**
藤堂総理が、記者会見を開いた。
「国民の皆様」
藤堂総理の声が、響いた。
「本日、重要な発表があります」
カメラのフラッシュが焚かれる。
「佐藤優希博士は、J-リセット計画の総責任者として、引き続き職務を続けることになりました」
ざわめきが起こった。
「え?」
「辞めるんじゃなかったのか?」
「これは、私の要請によるものです」
藤堂総理は、カメラを見た。
「J-リセット計画は、まだ終わっていません。世界の再建、新しい社会の構築――やるべきことは、山ほどあります」
「そして、その中心には――佐藤博士がいるべきだと、私は判断しました」
藤堂総理は、深く頭を下げた。
「国民の皆様には、ご理解とご協力をお願いします」
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会見が終わった後。
桜井晋三は、テレビを消した。
「......藤堂」
桜井は、呟いた。
「お前は、間違っている」
桜井は、立ち上がった。
「だが、構わない。私には、別の手がある」
桜井は、窓の外を見た。
東京の空。
「佐藤優希。お前との戦いは、これからだ」
桜井の目には、決意の炎が燃えていた。
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**同日、午後六時。在日外国人コミュニティセンター。**
リー・ジュンホは、緊急会議を開いていた。
集まったのは、各国のコミュニティ代表。
「皆さん、聞いてください」
リーが、口を開いた。
「佐藤先生が、総責任者として残ることになりました」
「それは、いいことじゃないか」
ワン・シュウが、言った。
「彼は、我々を理解してくれる」
「ええ」
リーは頷いた。
「でも、問題があります」
リーは、資料を見せた。
「桜井大臣が、新しい法案を準備しているという情報があります」
「法案?」
「『新世界秩序法案』」
リーは、深刻な表情で言った。
「詳細は不明ですが......我々在日外国人にとって、不利な内容だと予想されます」
「また、か......」
パク・ジョンスが、ため息をついた。
「我々は、いつまで戦わなければならないのか......」
「わかりません」
リーは、正直に答えた。
「でも、諦めるわけにはいきません」
リーは、全員を見回した。
「我々は、生き残りました。そして、佐藤先生と共に戦いました」
「だから――」
リーは、拳を握った。
「これからも、戦い続けます」
「おう!」
「戦おう!」
声が上がった。
---
**同日、午後十時。優希のマンション。**
優希は、ソファに座っていた。
手には、コーヒーカップ。
テレビでは、ニュースが流れている。
『佐藤優希氏、総責任者続投』
『賛否両論、世論は二分』
優希は、テレビを消した。
「賛否両論、か......」
優希は、窓の外を見た。
東京の夜景。
「これから、どうなるんだろう......」
スマートフォンが鳴った。
メッセージ。健吾からだ。
『よう、優希。残ること決めたんだってな。
俺は賛成だ。お前がいないと、つまんねえからな。
これからも、一緒に頑張ろうぜ。
あと、美咲さんと付き合うことになったんだって?
おめでとう!幸せにしてやれよ。
健吾』
優希は、笑った。
「健吾さん......ありがとう」
優希は、返信を打った。
『ありがとう。
これからも、よろしく。
優希』
送信。
優希は、コーヒーを飲んだ。
「さて」
優希は、立ち上がった。
「明日から、また始まる」
優希は、窓の外を見た。
「新しい戦いが」