第4章4
十一月二十八日、午後九時。首相官邸・作戦室。
優希は、ホワイトボードの前に立っていた。
周りには、藤堂総理、桜井、石橋副長官、健吾、そして各省庁の担当者たち。
「まず、状況を整理します」
優希は、太平洋の地図を指した。
「現在、特異点は太平洋のど真ん中、日本から約二千キロの地点にあります」
「拡大速度は、時速約三十キロ。このペースで進めば――」
優希は、シミュレーションを表示した。
「七十二時間後、東京に到達します」
「そして、日本全体が飲み込まれるのは――」
「九十六時間後です」
会議室が、静まり返った。
「止める方法は?」
藤堂総理が、尋ねた。
「三つの特異点を、同時に同期させます」
優希は、図を描いた。
三つの円。日本、ロシア、太平洋。
「日本の安定化エネルギー、ロシアの不安定化エネルギー、そして太平洋の破壊エネルギー」
「この三つを、バランスさせることで――特異点を中和します」
「どうやって?」
桜井が、尋ねた。
「三箇所に、同期装置を設置します」
優希は、別の図を描いた。
「日本、ロシア、そして――太平洋の特異点中心部」
「太平洋......」
石橋副長官が、眉をひそめた。
「そこは、特異点の中心ですよね? 人が行けるんですか?」
「......行けません」
優希は、正直に答えた。
「少なくとも、普通の方法では」
「では?」
「特殊な防護シールドを開発します」
優希は、設計図を表示した。
「エネルギーフィールドで身を守り、特異点の中心部まで到達する」
「そんなもの、作れるのか?」
桜井が、疑わしげに言った。
「作ります」
優希は、桜井を見た。
「作らなければ、日本が消えます」
沈黙。
「必要な人員は?」
藤堂総理が、尋ねた。
「......全員です」
優希は、全員を見回した。
「日本チーム、ロシアチーム、太平洋チーム。三つのチームを同時に動かします」
「そして――」
優希は、拳を握った。
「日本人も、在日外国人も、全員の力が必要です」
桜井の顔が、歪んだ。
「また、在日外国人か」
「はい」
優希は、桜井を真っ直ぐ見た。
「彼らの専門知識がなければ、この作戦は成功しません」
「だが、国民感情は――」
「国民感情より、命が大切です」
優希の声が、力強くなった。
「桜井大臣。あなたは、世論を気にしている。でも――」
優希は、全員を見回した。
「世論も何も、日本が消えたら意味がないんです」
「......」
「お願いします」
優希は、深く頭を下げた。
「もう一度、全員で協力させてください」
沈黙。
長い、重い沈黙。
そして――
「......わかった」
桜井が、口を開いた。
「ただし、条件がある」
「何でしょう?」
「この作戦が成功したら――お前は、総責任者を辞退しろ」
「桜井大臣!」
石橋副長官が、叫んだ。
「今、そんなことを――」
「いいえ」
優希は、手を上げた。
「受け入れます」
「佐藤先生!?」
「僕は、地球を救いたい。ただ、それだけです」
優希は、桜井を見た。
「総責任者の座なんて、どうでもいい」
桜井は、優希を見つめた。
そして――
「......よかろう」
桜井は、椅子に座った。
「では、作戦を進めろ」
「ありがとうございます」
優希は、顔を上げた。
「では、各チームの編成を――」
「待て」
藤堂総理が、立ち上がった。
「佐藤君。一つ、聞きたい」
「はい」
「お前は、本当に成功すると思っているのか?」
藤堂総理の目は、真剣だった。
「この作戦、成功率はどのくらいだ?」
優希は、しばらく黙っていた。
そして――
「......わかりません」
「わからない......」
「はい」
優希は、正直に答えた。
「理論的には可能です。でも、実際にやったことがない。だから、成功するかどうか――わかりません」
「......そうか」
藤堂総理は、窓の外を見た。
「でも、やるしかないんだな」
「はい」
「わかった」
藤堂総理は、優希を見た。
「やれ。全力でサポートする」
「ありがとうございます」
---
**十一月二十九日、午前二時。在日外国人コミュニティセンター。**
リー・ジュンホは、緊急の電話を受けていた。
相手は、石橋副長官。
『リーさん、お願いがあります』
「......何でしょう?」
『佐藤先生が、新しい作戦を立てました。そして――あなたたちの力が必要です』
リーは、黙っていた。
『リーさん、聞いていますか?』
「......聞いています」
リーは、ため息をついた。
「でも、石橋副長官。私たちは、佐藤先生から距離を置くと決めました」
『わかっています。でも――』
石橋の声が、震えた。
『このままでは、日本が消えます』
「......」
『いえ、日本だけじゃない。私たち全員が、消えます』
リーは、窓の外を見た。
東京の夜景。
「......わかりました」
『本当ですか!?』
「ええ」
リーは、拳を握った。
「みんなを集めます。一時間後、官邸へ行きます」
『ありがとうございます!』
電話が切れた。
リーは、スマートフォンを握りしめた。
「佐藤先生......もう一度、信じます」
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**同日、午前三時。田村健太の自宅。**
田村は、スマートフォンを見ていた。
画面には、優希からのメッセージ。
『田村さん、助けてください。
あなたの力が必要です。
日本を、いや、地球を救うために。
佐藤優希』
田村は、しばらくそのメッセージを見つめていた。
そして――
電話をかけた。
「もしもし、佐藤先生」
『田村さん!』
優希の声は、疲れていたが、力強かった。
「俺も、参加します」
『本当ですか!?』
「ええ」
田村は、笑った。
「俺、やっぱり先生についていきたいです」
『田村さん......』
「それに」
田村は、窓の外を見た。
「日本人技術者のみんなも、同じ気持ちだと思います」
「本当、ですか......」
「ええ」
田村は、拳を握った。
「だって、俺たち――先生の教え子ですから」
優希の声が、震えた。
『......ありがとうございます』
「今から、みんなに連絡します。官邸で会いましょう」
『はい!』
電話が切れた。
田村は、立ち上がった。
「よし、やるぞ」
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**同日、午前六時。首相官邸・大会議室。**
優希が会議室に入ると――
そこには、大勢の人々が集まっていた。
日本人技術者、在日外国人技術者、自衛隊員、政府関係者。
そして――
リー、パク、アフマド、ワン、グエン、カルロス。
田村、健吾、美咲、石橋副長官。
みんなが、そこにいた。
「みんな......」
優希は、言葉を失った。
「佐藤先生」
リーが、前に出た。
「私たちは、もう一度あなたと共に戦います」
「リーさん......」
「俺たちも」
田村が、手を上げた。
「日本人技術者、全員参加します」
「田村さん......」
優希の目から、涙が溢れた。
「ありがとう......みんな、ありがとう......」
「泣くのは後だ」
健吾が、笑った。
「今は、作戦会議だろ?」
「......はい」
優希は、涙を拭った。
そして――
前に立った。
「みなさん」
優希の声が、響いた。
「今から、『オペレーション・ユニティ』の詳細を説明します」
スクリーンに、作戦図が表示される。
「三つのチームを編成します」
「日本チーム:国内の同期装置を管理」
「ロシアチーム:ロシアの同期装置を再起動」
「太平洋チーム:特異点中心部に突入し、装置を設置」
「そして――」
優希は、全員を見回した。
「三つのチームが、同時に装置を起動します」
「起動時刻は――」
優希は、時計を見た。
「四十八時間後、十二月一日、正午」
「それまでに、全ての準備を完了させます」
優希は、拳を握った。
「これが、最後の戦いです」
「成功すれば、地球は救われる。失敗すれば――」
優希は、深呼吸をした。
「全員が、消えます」
沈黙。
そして――
「やろうぜ!」
健吾が、叫んだ。
「おう!」
「やります!」
「一緒に戦いましょう!」
次々と、声が上がった。
優希は、その声を聞きながら――
笑った。
「ありがとう、みんな」
優希は、拳を高く掲げた。
「では――『オペレーション・ユニティ』、開始します!」
「おおおおお!!」
会議室が、歓声に包まれた。
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**同時刻。桜井の執務室。**
桜井晋三は、窓の外を見ていた。
「佐藤優希......」
桜井は、呟いた。
「お前は、また奇跡を起こすつもりか」
桜井は、机に戻った。
そして――ある決断をした。
「......わかった」
桜井は、インターホンを押した。
「はい」
秘書の声。
「私も、作戦に参加する」
「え......桜井大臣が、ですか?」
「ああ」
桜井は、窓の外を見た。
「この国が消えるなら、私も道連れだ」
桜井は、不敵に笑った。
「だが、消させはしない」
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**十一月二十九日、午前八時。羽田空港。**
三つのチームが、それぞれの目的地へ向けて出発する準備をしていた。
**日本チーム:**
リーダー:田村健太
メンバー:日本人技術者50名、在日外国人技術者20名
**ロシアチーム:**
リーダー:パク・ジョンス
メンバー:日本人技術者30名、在日外国人技術者30名
**太平洋チーム:**
リーダー:佐藤優希
メンバー:健吾、アフマド、美咲、自衛隊員10名
優希は、特殊防護シールドの最終チェックをしていた。
巨大な球体型の装置。
中に人が入り、特異点の中心部まで到達する。
「これで、本当に大丈夫なのか......」
健吾が、不安そうに言った。
「大丈夫......だと思います」
優希は、苦笑した。
「理論的には」
「理論的にはって......お前......」
「でも、やるしかありません」
優希は、健吾を見た。
「健吾さん、一緒に来てくれますか?」
「当たり前だろ」
健吾は、笑った。
「親友を一人で死なせるわけにはいかねえ」
「ありがとうございます」
その時、藤堂総理が現れた。
「佐藤君」
「総理」
「少し、いいか?」
「はい」
二人は、少し離れた場所へ移動した。
「佐藤君」
藤堂総理は、優希の肩に手を置いた。
「お前に、謝りたい」
「総理......」
「私は、お前を信じきれなかった。世論に流され、お前を見捨てようとした」
藤堂総理の目には、涙が浮かんでいた。
「すまなかった」
「いえ」
優希は首を振った。
「総理は、正しいことをしようとしていました」
「だが――」
「総理」
優希は、藤堂総理を見た。
「僕は、総理を尊敬しています」
「......なぜだ」
「総理は、最後に僕を信じてくれました」
優希は、笑った。
「それだけで、十分です」
藤堂総理は、優希を抱きしめた。
「ありがとう......そして、頼む」
藤堂総理の声が、震えた。
「必ず、生きて帰ってこい」
「......はい」
優希は、藤堂総理の背中に手を回した。
「約束します」
二人は、しばらくそのままだった。
そして――
「では、行ってきます」
優希は、藤堂総理から離れた。
「ああ」
藤堂総理は、敬礼をした。
「武運を祈る」
優希も、敬礼を返した。
そして――
三つのチームは、それぞれの輸送機に乗り込んだ。
エンジンが始動する。
空へ飛び立つ。
藤堂総理は、その姿を見送った。
「頼むぞ、佐藤君......」