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第4章3

十一月二十八日。首相官邸・佐藤優希の仮オフィス。


優希は、総責任者のオフィスから小さな部屋に移されていた。


机には、最低限の書類だけ。


窓からは、駐車場が見える。


「......」


優希は、パソコンの画面を見つめていた。


メールボックスには、数百通のメール。


ほとんどが、批判や中傷。


『売国奴』

『日本から出ていけ』

『外国人の犬』


優希は、マウスを動かす手を止めた。


「もう......見るのも嫌だ......」


ノックの音。


「入ってます」


ドアが開き、石橋副長官が入ってきた。


「佐藤先生、少しいいですか?」


「はい」


石橋は、椅子に座った。


そして――資料を取り出した。


「これ、見てください」


優希は、資料を受け取った。


『J-リセット計画・組織再編案』


ページをめくる。


そして――目を見開いた。


「これは......」


**組織再編案:**

- 総責任者:桜井晋三

- 科学顧問:佐藤優希

- 副責任者(日本人チーム統括):田村健太

- 副責任者(在日外国人チーム統括):リー・ジュンホ


「僕が......科学顧問......」


「ええ」


石橋は、暗い表情で頷いた。


「桜井大臣が、総理に提案しました」


「総理は......」


「まだ、決めていません」


石橋は、優希を見た。


「でも、時間の問題だと思います」


「......そうですか」


優希は、資料を机に置いた。


「佐藤先生」


石橋が、前に身を乗り出した。


「諦めないでください」


「......でも」


「あなたは、間違っていません」


石橋の目は、真剣だった。


「確かに、手続きの問題はあった。でも、それは悪意からではない」


「そして――」


石橋は、拳を握った。


「あなたの理想は、正しい。私は、そう信じています」


優希は、石橋を見た。


「石橋副長官......」


「だから」


石橋は、立ち上がった。


「もう少しだけ、頑張ってください」


石橋は、部屋を出ていった。


優希は、一人残された。


「頑張る......か」


優希は、窓の外を見た。


「でも......何のために......」


その時、スマートフォンが鳴った。


着信。母からだ。


「もしもし」


『優希? 大丈夫?』


母の心配そうな声。


「......うん、大丈夫」


『嘘ばっかり。ニュース見たわよ』


「......」


『あんた、辛いでしょ』


母の声が、優しくなった。


『無理しないで。帰っておいで』


「帰る......」


優希は、目を閉じた。


「でも、僕が帰ったら――」


『いいのよ。あんたが壊れちゃうより、ずっといい』


母は、静かに言った。


『あんたは、もう十分頑張ったわ』


「......」


『だから、もういいのよ。帰っておいで』


優希の目から、涙が溢れた。


「母さん......」


『待ってるからね』


電話が切れた。


優希は、スマートフォンを握りしめた。


「帰る......か」


優希は、呟いた。


「それが......一番いいのかもしれない」


---


**同日、午後三時。首相官邸・藤堂総理の執務室。**


藤堂総理は、窓の外を見ていた。


デスクには、桜井の組織再編案。


「......」


ノックの音。


「入れ」


桜井晋三が、入ってきた。


「総理、ご決断はいかがですか?」


「桜井大臣......」


藤堂総理は、振り返った。


「私は......迷っている」


「何を、ですか?」


「佐藤君を、本当に降ろすべきなのか」


藤堂総理は、椅子に座った。


「確かに、彼には問題がある。手続きを軽視し、世論を無視している」


「ええ」


「だが」


藤堂総理は、桜井を見た。


「彼がいなければ、ここまで来られなかった」


「それは、認めます」


桜井は頷いた。


「しかし、総理。時代は変わりました」


桜井は、資料を取り出した。


「最新の世論調査です」


『佐藤優希を総責任者から外すべきだと思いますか?』


外すべき:62%

続けるべき:25%

わからない:13%


「六割以上が、『外すべき』と答えています」


桜井は、資料を机に置いた。


「総理。民主主義国家において、世論を無視することはできません」


「......」


「そして」


桜井は、別の資料を見せた。


「内閣支持率も、下がっています」


『内閣支持率』

先月:58%

今月:42%(↓16ポイント)


「このままでは、総理の立場も危うくなります」


藤堂総理は、資料を見つめた。


「......わかった」


藤堂総理は、ため息をついた。


「君の案を、承認する」


「ありがとうございます」


桜井は、満足げに笑った。


「では、明日の閣議で正式決定を」


「待て」


藤堂総理が、手を上げた。


「一つだけ、条件がある」


「何でしょう?」


「佐藤君には、科学顧問として残ってもらう。そして、重要な決定には彼の意見を聞く」


「......それは」


「これは、譲れない」


藤堂総理は、桜井を見た。


「佐藤君の知識は、かけがえのないものだ。完全に排除することは、できない」


桜井は、しばらく考えた。


そして――


「......わかりました」


桜井は頷いた。


「科学顧問として、残ってもらいます」


「よろしい」


藤堂総理は、椅子に深く座った。


「では、明日の閣議で決定する」


桜井は、部屋を出ていった。


藤堂総理は、一人残された。


「佐藤君......すまない」


藤堂総理は、窓の外を見た。


「私は......弱い」


---


**同日、午後六時。国立エネルギー研究所・屋上。**


優希は、一人で夕日を見ていた。


東京の空が、オレンジ色に染まっている。


「綺麗だな......」


優希は、呟いた。


「でも......もう、見納めかもしれない」


優希は、スマートフォンを取り出した。


辞表を、メモアプリに書いていた。


『辞表


内閣総理大臣 藤堂誠一郎 殿


私、佐藤優希は、J-リセット計画総責任者の職を辞します。


理由は――』


優希は、そこで手を止めた。


理由......


何と書けばいい。


「理由は......僕が、無能だったから」


優希は、苦笑した。


「理想ばかり追いかけて、現実が見えなかった」


優希は、空を見上げた。


「母さんの言う通り、帰ろう。滋賀に帰って、普通の研究者に戻ろう」


その時――


「待て」


声がした。


振り返ると、健吾が立っていた。


「健吾さん......」


「お前、何考えてんだ」


健吾は、優希に近づいた。


「辞表? ふざけんな」


「でも、僕は――」


「『でも』じゃねえ」


健吾は、優希の胸ぐらを掴んだ。


「お前、逃げんのか?」


「......」


「お前が逃げたら、誰がこの計画を続けんだよ」


「桜井大臣が――」


「アイツに任せていいのか!?」


健吾の声が、荒くなった。


「アイツは、在日外国人を排除しようとしてる。お前が築いてきたもの、全部壊すつもりだぞ」


「......わかってます」


「わかってんなら、なんで諦めんだよ!」


健吾は、優希を揺さぶった。


「お前は、俺の親友だ。そして、俺が尊敬する男だ」


「そんな男が」


健吾の目に、涙が浮かんだ。


「こんなところで諦めるなよ......」


優希は、健吾を見た。


「でも......僕には、もう力がないんです」


「嘘つけ」


「本当です」


優希は、拳を握った。


「日本人技術者は、僕に不満を持っている。在日外国人は、僕から離れた。世論も、僕を支持していない」


「そして――」


優希の声が、震えた。


「総理も、僕を見捨てようとしている」


「......」


「もう......誰も、僕を必要としていないんです」


優希は、座り込んだ。


「だから......もういいんです」


健吾は、しばらく黙っていた。


そして――


「バカ野郎」


健吾は、優希の頭を叩いた。


「痛っ!」


「お前、本当にバカだな」


健吾は、座り込んだ。


「確かに、日本人技術者は不満を持ってる。在日外国人も離れた。世論も敵だ」


「でも」


健吾は、優希を見た。


「俺がいるだろ」


「......」


「美咲さんもいる。石橋副長官もいる」


健吾は、笑った。


「お前、一人じゃねえんだよ」


優希は、健吾を見た。


「健吾さん......」


「だから」


健吾は、立ち上がった。


「もう一回、やろうぜ。お前と俺で」


健吾は、手を差し伸べた。


「世界を、変えようぜ」


優希は、その手を見た。


そして――


手を伸ばそうとした瞬間。


ビービービー


けたたましい警報音が鳴り響いた。


「何!?」


二人は、スマートフォンを見た。


画面には――


『緊急警報:太平洋上で巨大な特異点現象発生』


『日本への影響予測:72時間以内に到達』


『推定被害:東日本全域』


優希の顔が、青ざめた。


「まさか......また......」


健吾も、画面を見ていた。


「これ......ヤバいぞ」


二人は、顔を見合わせた。


そして――


優希は、立ち上がった。


「健吾さん、官邸へ行きます」


「おう!」


二人は、走り出した。


---


**同日、午後七時。首相官邸・緊急対策室。**


優希が到着すると、既に多くの人が集まっていた。


藤堂総理、桜井、石橋副長官、そして――各省庁の担当者たち。


スクリーンには、衛星画像が表示されていた。


太平洋のど真ん中に、巨大な光の渦。


「これは......」


優希は、息を呑んだ。


「ロシアのものより、ずっと大きい......」


「佐藤君」


藤堂総理が、優希を見た。


「君の見解を聞きたい」


「はい」


優希は、前に出た。


データを見る。


そして――


「これは......第三の特異点です」


会議室が、ざわめいた。


「第三......」


「はい」


優希は、スクリーンを指した。


「日本の安定化特異点、ロシアの不安定化特異点に続く、第三の特異点」


「そして――」


優希の声が、震えた。


「これは......破壊の特異点です」


「破壊......?」


「ええ」


優希は、グラフを表示した。


「エネルギーレベルが、ロシアの十倍以上。このまま拡大すれば――」


優希は、シミュレーション映像を流した。


画面には――


日本列島が、光に飲み込まれていく様子。


「七十二時間後、日本全体が消滅します」


沈黙。


誰も、言葉を発せなかった。


「止める方法は......あるのか?」


藤堂総理が、尋ねた。


優希は、しばらく考えた。


そして――


「......あります」


「本当か!?」


「ただし」


優希は、全員を見回した。


「全員の協力が必要です」


「全員......」


「はい」


優希は、拳を握った。


「日本人も、在日外国人も、政府も、国民も――全員が、一つになって戦わなければなりません」


桜井が、前に出た。


「待て。それは――」


「桜井大臣」


優希は、桜井を見た。


「今は、分断している場合じゃありません」


「だが――」


「お願いします」


優希は、頭を下げた。


「僕を、もう一度信じてください」


沈黙。


長い、重い沈黙。


そして――


藤堂総理が、立ち上がった。


「わかった」


藤堂総理は、優希を見た。


「佐藤君。君に、もう一度チャンスを与える」


「総理!?」


桜井が、叫んだ。


「待ってください! 明日の閣議で――」


「閣議は延期する」


藤堂総理は、桜井を見た。


「今は、それどころじゃない」


藤堂総理は、優希に向き直った。


「佐藤君。作戦を立ててくれ」


「......はい」


優希は、顔を上げた。


そして――


目に、再び光が宿った。


「ありがとうございます、総理」


優希は、スクリーンに向かった。


「では、作戦会議を始めます」


優希の声が、響いた。


「作戦名――『オペレーション・ユニティ』」


「全人類、団結作戦です」


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