第4章2
十一月二十六日。首相官邸・会議室。
緊急会議が召集された。
藤堂総理、石橋副長官、桜井、そして――優希。
さらに、会計検査院の担当者も同席していた。
「それでは」
会計検査院の担当者が、資料を広げた。
「J-リセット計画の予算について、調査結果を報告いたします」
プロジェクターに、予算の詳細が表示される。
「総予算、約五兆円。その内訳は――」
担当者は、グラフを指した。
「人件費:二兆円、設備費:一兆五千億円、輸送費:八千億円、その他:七千億円」
「問題は、『その他』の部分です」
グラフが拡大される。
「この七千億円の中に、使途不明金が約二千億円あります」
「二千億......」
藤堂総理が、眉をひそめた。
「佐藤君、説明してくれ」
「はい」
優希は、立ち上がった。
「その二千億円は、緊急時の予備費として確保していました」
「予備費?」
「はい。作戦中に予期せぬ事態が起きた時のための費用です」
優希は、資料を取り出した。
「例えば、ロシアでの作戦時、輸送機の通信機器を分解して部品を流用しました。その代替機の購入費用などです」
「なるほど」
会計検査院の担当者が、頷いた。
「しかし、問題はその支払い先です」
次のスライド。
「予備費の約六百億円が、『在日外国人互助会』という団体に支払われています」
会議室が、ざわめいた。
「在日外国人互助会......」
藤堂総理が、優希を見た。
「これは、何だ?」
「在日外国人コミュニティの支援組織です」
リー・ジュンホが、口を開いた。
傍聴席から立ち上がる。
「私が代表を務めています」
「リー氏......」
「その六百億円は、在日外国人技術者への報酬、装備の購入、家族への支援金などに使われました」
リーは、資料を見せた。
「全て、適正に使用されています。領収書も、明細も揃っています」
会計検査院の担当者が、その資料を確認した。
「......確かに、記録は残っています」
「では、問題ないのでは?」
石橋副長官が、尋ねた。
「しかし」
桜井が、口を挟んだ。
「なぜ、政府を通さず、直接この団体に支払ったのか?」
「それは――」
優希が、答えた。
「迅速性のためです。政府を通すと、承認手続きに時間がかかります」
「時間がかかる、か」
桜井は、腕を組んだ。
「つまり、君は手続きを無視したわけだ」
「緊急時だったので――」
「緊急時なら、何をしてもいいのか?」
桜井の声が、厳しくなった。
「君は、ルールを軽視しすぎだ」
「でも、結果的に成功しました」
「結果論だ」
桜井は、立ち上がった。
「佐藤君。君は、科学者としては優秀だ。だが、管理者としては失格だ」
「......」
「予算管理、手続き遵守、リスク管理――全て、おろそかにしている」
桜井は、藤堂総理を見た。
「総理。やはり、佐藤君を総責任者から外すべきです」
「待ってください」
石橋副長官が、前に出た。
「確かに、手続き上の問題はあります。しかし、それは悪意によるものではありません」
「悪意がなければ、許されるのか?」
「いえ、そうではなく――」
「それに」
桜井は、別の資料を取り出した。
「もう一つ、問題がある」
スクリーンに、新しい資料が表示される。
「在日外国人技術者への報酬が、日本人技術者より平均三十パーセント高い」
「なんですって!?」
藤堂総理が、驚いた。
「佐藤君、これは本当か?」
「......はい」
優希は、頷いた。
「でも、理由があります」
「聞こう」
「在日外国人技術者の多くは、母国の専門知識を持っています。その専門性に対する対価です」
「専門性、か」
桜井は、冷笑した。
「つまり、日本人より外国人の方が優秀だと?」
「そうは言っていません」
優希は、反論した。
「ただ、特定分野においては、外国人技術者の方が経験豊富だということです」
「では、日本人技術者は二流なのか?」
「違います!」
優希は、声を荒げた。
「日本人も外国人も、それぞれに強みがあります。だから、適材適所で配置しているんです」
「適材適所......」
桜井は、資料を机に叩きつけた。
「その結果が、日本人技術者の士気低下だ」
桜井は、別の資料を見せた。
「これを見ろ。日本人技術者へのアンケートだ」
『在日外国人技術者が優遇されていると思いますか?』
はい:67%
いいえ:21%
わからない:12%
「七割近くが、『優遇されている』と感じている」
桜井は、優希を見た。
「これが、君のやり方の結果だ」
優希は、言葉に詰まった。
「......」
「総理」
桜井は、藤堂総理に向き直った。
「佐藤君には、科学顧問として残ってもらう。しかし、総責任者の座は――」
「待て」
藤堂総理が、手を上げた。
「まだ、決めていない」
「総理......」
「佐藤君」
藤堂総理は、優希を見た。
「君の言い分も、わかる。しかし、桜井大臣の指摘も的を射ている」
「......はい」
「少し、考えさせてくれ」
藤堂総理は、ため息をついた。
「今日の会議は、ここまでだ」
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**同日、午後四時。国立エネルギー研究所・優希の研究室。**
優希は、一人でソファに座っていた。
頭を抱えている。
「日本人技術者が、不満を持っている......」
優希は、呟いた。
「僕は......気づいていなかった......」
ノックの音。
「入ってます」
ドアが開き、田村健太が入ってきた。
「佐藤先生、少しいいですか?」
「田村さん......」
田村は、椅子に座った。
表情が、いつもより硬い。
「先生、正直に言います」
「......はい」
「俺たち日本人技術者の中に、不満があります」
優希は、顔を上げた。
「不満......」
「ええ」
田村は、資料を取り出した。
「これ、日本人技術者の有志が作った要望書です」
優希は、それを受け取った。
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**要望書の内容:**
『J-リセット計画における日本人技術者の待遇改善を求める要望書
我々日本人技術者は、これまで佐藤優希総責任者の下で懸命に働いてきました。
しかし、現状において以下の問題があると考えます。
1. 在日外国人技術者との報酬格差
2. 重要な作戦における日本人技術者の起用不足
3. 意思決定プロセスにおける日本人技術者の意見の軽視
我々は、在日外国人技術者との協力を否定するものではありません。
しかし、日本人技術者がもっと尊重されるべきだと考えます。
以上、ご検討をお願いいたします。
日本人技術者有志一同(署名:127名)』
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優希は、その要望書を見つめた。
手が、震えた。
「127名......」
「ええ」
田村は、頷いた。
「日本人技術者の約半数です」
「そんなに......」
優希は、田村を見た。
「田村さん、あなたも......署名したんですか?」
田村は、しばらく黙っていた。
そして――
「......はい」
優希の胸が、締め付けられた。
「どうして......」
「佐藤先生」
田村は、真剣な目で言った。
「俺は、先生を尊敬しています。先生のビジョンも、素晴らしいと思います」
「でも......」
田村は、拳を握った。
「俺たち日本人技術者も、頑張ってるんです。命を懸けて、働いてるんです」
「わかっています」
「わかってないです!」
田村の声が、荒くなった。
「先生は、いつも在日外国人の活躍を称賛する。リーさん、パクさん、アフマドさん......」
「でも、俺たち日本人は?」
田村は、立ち上がった。
「俺たちも、同じように頑張ってる。でも、注目されない。評価されない」
「そんなことは――」
「あります!」
田村は、優希を見た。
「先生は、無意識に在日外国人を優先してるんです」
「......」
「俺は......俺は......」
田村の声が、震えた。
「先生についていきたい。でも、このままじゃ......他の日本人技術者たちが、離れていきます」
「田村さん......」
「お願いします」
田村は、頭を下げた。
「もっと、日本人技術者のことも見てください」
優希は、何も言えなかった。
田村は、しばらくそのままだった。
そして――
「失礼します」
田村は、部屋を出ていった。
優希は、一人残された。
要望書を、握りしめる。
「僕は......間違っていたのか......」
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**同日、午後七時。在日外国人コミュニティセンター。**
リー・ジュンホは、緊急会議を開いていた。
集まったのは、在日外国人コミュニティの代表たち。
ワン・シュウ、グエン・ティ・ラン、カルロス・サントス、パク・ジョンス、アフマド。
「皆さん」
リーが、口を開いた。
「状況は、悪化しています」
リーは、スマートフォンを見せた。
画面には、ニュースサイト。
『佐藤優希、総責任者解任か』
『在日外国人優遇問題、政府内で議論』
「佐藤先生が、追い詰められています」
「それは......我々のせいですか?」
グエン・ティ・ランが、尋ねた。
「直接的には、違います」
リーは首を振った。
「でも、我々が佐藤先生と協力してきたことが、攻撃材料にされています」
「くそっ......」
ワン・シュウが、拳を握った。
「我々は、悪いことをしたわけじゃない。なぜ、こんなに叩かれなきゃいけないんだ」
「それは......差別です」
パク・ジョンスが、静かに言った。
「我々は、『よそ者』だから」
沈黙。
「では、どうすればいいんだ?」
カルロスが、尋ねた。
「佐藤先生を守るために、我々ができることは?」
「......それが、問題です」
リーは、ため息をついた。
「もし、我々が前に出れば――逆に佐藤先生への攻撃が強まる」
「じゃあ、黙ってろってことか?」
ワンが、苛立った声で言った。
「我々は、ただ見ているしかないのか?」
「いや」
アフマドが、口を開いた。
「我々にも、できることがある」
「何だ?」
「距離を置くんです」
アフマドは、全員を見た。
「佐藤先生から、我々が離れる。そうすれば、『外国人優遇』という批判は弱まる」
「待て」
リーが、手を上げた。
「それは......我々が佐藤先生を見捨てるということか?」
「見捨てるわけじゃない」
アフマドは首を振った。
「一時的に、距離を置くだけだ。嵐が過ぎるまで」
「でも――」
「リーさん」
パクが、リーを見た。
「アフマドさんの言う通りかもしれません」
「パクさん、あなたまで......」
「我々が佐藤先生と一緒にいることが、先生の足を引っ張っている」
パクは、悲しそうに言った。
「ならば、離れることが――先生を守ることになるかもしれません」
リーは、拳を握った。
「......わかりました」
リーは、全員を見回した。
「では、決めましょう。我々は、一時的に佐藤先生から距離を置く」
「賛成の方は?」
全員の手が、上がった。
リーも、ゆっくりと手を上げた。
「......決まりました」
リーは、窓の外を見た。
「佐藤先生......すみません」
---
**同日、午後十時。優希のマンション。**
優希は、ソファに座っていた。
手には、田村からの要望書。
そして、スマートフォンには――
リーからのメッセージ。
『佐藤先生、しばらく私たちは距離を置きます。
あなたのためです。
いつか、また一緒に働ける日を信じています。
リー・ジュンホ』
優希は、スマートフォンを握りしめた。
「みんな......離れていく......」
優希は、天井を見上げた。
「僕は......一体、何をしているんだ......」
涙が、頬を伝った。
「僕の理想は......間違っていたのか......」
部屋には、静寂だけが残った。