第4章1
十一月二十五日。東京・優希のマンション。
朝、優希はスマートフォンのアラームで目を覚ました。
画面には、無数の通知。
SNS、ニュースアプリ、メール。
「......何だ、これ」
優希は、Twitterを開いた。
そして――息を呑んだ。
トレンドの上位が、全て優希関連だった。
『#佐藤優希は日本を売る』
『#外国人優遇やめろ』
『#日本人を守れ』
『#佐藤辞任しろ』
「......なんだ、これ......」
優希は、タイムラインを見た。
次々と流れてくる、批判のツイート。
『佐藤優希、また在日外国人と会議してる。日本人はどこ?』
『ロシア作戦、日本人技術者が何人死んだか知ってる? 佐藤の責任だろ』
『特異点がどうとか難しい話より、まず日本を守れよ』
優希の手が、震えた。
「田村さんたちは......無事だったのに......」
優希は、さらにスクロールした。
すると――
『【速報】佐藤優希、在日韓国人と癒着疑惑』
記事のリンク。
優希は、クリックした。
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**記事の内容:**
『J-リセット計画の総責任者、佐藤優希博士(36)が、在日韓国人実業家リー・ジュンホ氏(45)と不適切な関係にあるのではないかとの疑惑が浮上している。
関係者によると、佐藤博士はリー氏の所有するプライベートジェットで複数回ロシアへ渡航。政府の許可なく、非公式な作戦を実行していたという。
また、佐藤博士は作戦チームの編成において、在日外国人を優先的に起用。日本人技術者の登用が後回しにされているとの声も上がっている。
「佐藤博士は、日本の利益より、在日外国人の利益を優先している」と、政府関係者は匿名で語った。』
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優希は、スマートフォンを机に置いた。
「嘘だ......こんなの、全部嘘だ......」
だが、記事は次々とシェアされている。
コメント欄には――
『やっぱりな』
『佐藤は売国奴』
『外国人に騙されてる』
『即刻辞任しろ』
優希は、頭を抱えた。
「どうして......」
スマートフォンが鳴った。
着信。健吾だ。
「もしもし」
『優希! 大丈夫か!?』
健吾の声は、焦っていた。
「......見ました。記事」
『あれ、全部デマだ! 誰かが意図的に流してる!』
「誰が......」
『わかんねえ。でも、組織的だ。複数のメディアが同時に報道してる』
優希は、窓の外を見た。
マンションの前に、報道陣が集まっている。
「......マスコミが来てます」
『絶対に出るな! 今、お前が何言っても揚げ足取られる!』
「わかりました」
『俺、今から行く。それまで誰とも話すな!』
「はい」
電話が切れた。
優希は、ソファに座り込んだ。
「一体......何が起きてるんだ......」
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**同時刻。首相官邸・桜井の執務室。**
桜井晋三は、複数のモニターを見ていた。
画面には、SNSのトレンド、ニュースサイト、そして――世論調査のリアルタイムデータ。
『佐藤優希支持率:78% → 53%(↓25ポイント)』
桜井は、満足げに笑った。
「順調だな」
デスクの上には、資料の束。
『世論操作計画・第一段階』
桜井は、インターホンを押した。
「はい」
秘書の声。
「次の記事、予定通り流せ」
「了解しました」
桜井は、窓の外を見た。
「佐藤優希......お前の時代は、終わる」
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**午前十時。首相官邸・緊急会議室。**
藤堂総理、石橋副長官、桜井、そして――優希が集まっていた。
優希の顔は、疲労と困惑に満ちていた。
「佐藤君」
藤堂総理が、口を開いた。
「今朝の報道、見たか?」
「......はい」
「あれは、事実か?」
「違います!」
優希は、立ち上がった。
「リーさんとの癒着なんて、ありません! プライベートジェットは、緊急時に使わせてもらっただけです!」
「落ち着きたまえ」
藤堂総理は、手を上げた。
「私は、君を疑っているわけではない。ただ、確認したかっただけだ」
「......すみません」
優希は、座った。
「しかし」
桜井が、口を挟んだ。
「事実かどうかは、問題ではない」
「何ですって?」
「世論が、どう受け取るかが問題だ」
桜井は、資料を見せた。
『佐藤優希の在日外国人優遇について、どう思いますか?』
問題だと思う:58%
問題ないと思う:28%
わからない:14%
「六割近くが、『問題だ』と答えている」
桜井は、優希を見た。
「これが、現実だ」
「でも、あれは嘘の記事です!」
「嘘かどうかは関係ない」
桜井は、冷たく言った。
「国民がそう信じている。それが、全てだ」
優希は、拳を握った。
「総理」
石橋副長官が、口を開いた。
「この報道、組織的です。複数のメディアが同時に、同じ論調で報道している」
「......君は、何が言いたい?」
「誰かが、意図的に世論を操作しています」
石橋は、桜井を見た。
「桜井大臣、心当たりはありませんか?」
「私を疑うのか?」
桜井は、眉をひそめた。
「私は、メディアをコントロールなどしていない」
「では、なぜこのタイミングで――」
「それは、メディアが勝手に報道しているだけだ」
桜井は、肩をすくめた。
「佐藤君の行動が、注目されていた。だから、メディアが取り上げた。それだけだ」
沈黙。
藤堂総理は、考え込んでいた。
「佐藤君」
「はい」
「君に、提案がある」
藤堂総理は、優希を見た。
「しばらく、表に出ないでくれ」
「......え?」
「今、君が何を言っても、逆効果だ。世論が落ち着くまで、静かにしていてくれ」
「でも......」
「これは、命令ではない」
藤堂総理は、優しく言った。
「お願いだ。君のためでもあるし、計画のためでもある」
優希は、悩んだ。
そして――
「......わかりました」
「ありがとう」
藤堂総理は、ため息をついた。
「石橋副長官、当面の作戦は君が指揮を取ってくれ」
「了解しました」
「桜井大臣は――」
藤堂総理は、桜井を見た。
「引き続き、副責任者として監督を」
「承知しました」
桜井は、不敵に笑った。
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**同日、午後三時。国立エネルギー研究所・優希の研究室。**
優希は、一人で机に向かっていた。
データを見ているが、頭に入ってこない。
「くそっ......」
優希は、マウスを叩きつけた。
ノックの音。
「入ってます」
ドアが開き、美咲が入ってきた。
「お疲れ様です」
「早川さん......」
「コーヒー、いかがですか?」
美咲は、カップを差し出した。
「......ありがとうございます」
二人は、ソファに座った。
しばらく、沈黙。
「佐藤先生」
美咲が、口を開いた。
「辛いですよね」
「......はい」
優希は、正直に答えた。
「何が正しいのか、わからなくなってきました」
「何が?」
「僕のやり方......本当に正しいのか」
優希は、コーヒーカップを見つめた。
「在日外国人と協力する。それは、理論的には正しい。効率的だし、人道的だ」
「でも」
優希は、顔を上げた。
「国民の半分以上が、反対している。それって......民主主義的には、間違ってるんじゃないか」
「......」
「僕は、独善的なんでしょうか」
優希は、美咲を見た。
「自分の理想を押し付けて、国民の声を無視して......」
美咲は、しばらく黙っていた。
そして――
「佐藤先生」
「はい」
「あなたは、間違っていません」
美咲は、真剣な目で言った。
「確かに、世論は揺れています。でも、それは一時的なものです」
「一時的......」
「ええ」
美咲は、スマートフォンを取り出した。
「これ、見てください」
画面には、別のハッシュタグ。
『#佐藤優希を支持する』
『#分断を許さない』
『#全人類で協力』
「反対の声だけじゃない。支持する声も、たくさんあります」
美咲は、ツイートを読み上げた。
『佐藤先生のおかげで、地球が救われた。それを忘れるな』
『在日外国人も一緒に戦ってくれた。彼らを裏切るな』
『分断を煽る奴らに負けるな』
優希は、画面を見た。
確かに、支持する声もある。
「でも......」
「佐藤先生」
美咲は、優希の手を握った。
「あなたは、正しいことをしています。自信を持ってください」
「......」
「そして」
美咲は、微笑んだ。
「あなたは、一人じゃありません」
その時、ドアが開いた。
健吾、リー、パク、アフマド、田村――
優希の仲間たちが、入ってきた。
「よう、優希」
健吾が、手を上げた。
「落ち込んでるって聞いて、来たぜ」
「みんな......」
「佐藤先生」
リーが、前に出た。
「私たちは、あなたを信じています」
「僕も」
パクが、続けた。
「あなたは、私たちに希望をくれました」
「私もです」
アフマドも、頷いた。
「あなたがいなければ、私たちは『よそ者』のままでした」
「佐藤先生」
田村が、笑った。
「俺たち日本人も、あなたを支持してます。世論なんて、気にしないでください」
優希は、みんなを見た。
そして――涙が溢れた。
「みんな......ありがとう......」
優希は、立ち上がった。
「僕は......諦めません」
優希は、拳を握った。
「世論が何と言おうと、僕は正しいと思うことをやります」
「おう!」
「それでこそ、佐藤先生です!」
みんなが、拍手した。
優希は、笑った。
「さあ、やるべきことをやりましょう」
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だが。
その夜――
新たなニュースが流れた。
『【速報】佐藤優希氏、公金不正使用疑惑』
『J-リセット計画の予算が、不透明な形で在日外国人団体に流れている可能性』
そして――
『政府、佐藤優希氏の総責任者解任を検討』