第3章3
十一月十八日、午後二時。ロシア・シベリア地方。
輸送機が着陸した瞬間、激しい揺れが襲った。
「うわっ!」
優希は、座席に掴まった。
「地震か!?」
「いえ、違います!」
田村が、計測器を見ていた。
「空間の歪みです! 特異点が、再び活性化しています!」
「くそっ......予想より早い!」
優希は、窓の外を見た。
遠くに、再び青白い光の柱が立ち上がっていた。
前回より、太い。
そして、明らかに拡大している。
「急ぎましょう!」
優希は、チームメンバーに指示を出した。
「装置の設置まで、残り時間は――」
優希は、腕時計を見た。
「四十八時間。急いでください!」
チームは、機材を降ろし始めた。
特殊な装置――「同期装置」。
優希が光の中で得た情報を元に、三日間で開発したものだ。
理論的には正しい。
でも、実際に動くかどうかは――わからない。
「佐藤先生!」
田村が、叫んだ。
「光の柱、こちらに向かって拡大しています!」
「速度は!?」
「時速約五キロ! このままでは、三時間後にここに到達します!」
「三時間......」
優希は、歯を食いしばった。
「装置の設置、三時間で完了できますか?」
「......ギリギリです」
田村は、汗を拭った。
「でも、やるしかありません」
「わかりました。全員、作業を急いでください!」
---
**午後三時。設置作業開始。**
同期装置は、高さ約十メートルの塔のような形をしていた。
その周りに、無数のセンサーとアンテナ。
「この装置で、日本の特異点と繋がるんですか?」
田村が、尋ねた。
「はい」
優希は、設計図を見ながら答えた。
「日本とロシア、二つの特異点は量子レベルで繋がっています。この装置は、その繋がりを増幅して、エネルギーを同期させる」
「でも、本当に動くんでしょうか......」
「動かなきゃ、地球が消えます」
優希は、苦笑した。
「だから、動かすしかありません」
二人は、作業を続けた。
だが――
「佐藤先生!」
チームメンバーの一人が、駆けてきた。
「部品が、足りません!」
「何ですって!?」
「量子共振器のパーツ、三つ足りないんです!」
優希は、在庫リストを確認した。
確かに、足りない。
「どうして......」
「輸送の時、紛失したみたいです」
「くそっ......」
優希は、頭を抱えた。
量子共振器がなければ、装置は動かない。
「代替品は......」
優希は、周りを見回した。
荒野。
何もない。
「待って」
優希は、輸送機を見た。
「輸送機の通信機器、分解できますか?」
「え?」
「量子通信を使っているなら、そこから部品を流用できるかもしれない」
「でも、そうしたら日本との通信が――」
「構いません」
優希は、決断した。
「装置が動かなければ、通信があっても意味がない」
「......わかりました」
チームメンバーは、輸送機へ走った。
---
**午後四時三十分。**
光の柱が、徐々に近づいてきていた。
空が、青白く染まり始めている。
「急いでください!」
優希は、叫んだ。
手は震えている。
焦りと、恐怖。
「佐藤先生」
田村が、優希の肩を叩いた。
「落ち着いてください。焦っても、良いことはありません」
「......すみません」
優希は、深呼吸をした。
「でも、時間が......」
「わかっています」
田村は、作業に戻った。
優希も、配線作業を続けた。
その時――
「うわあああ!」
悲鳴が聞こえた。
優希は、振り返った。
チームメンバーの一人が、倒れていた。
「どうした!?」
優希は、駆け寄った。
「電気ショック......装置の配線ミスです」
別のメンバーが、応急処置をしている。
「大丈夫ですか!?」
「......意識はあります。でも、火傷がひどい」
「すぐに、輸送機へ!」
倒れたメンバーを運ぶ。
優希は、拳を握りしめた。
「僕の、せいだ......」
「違います」
田村が、優希を見た。
「これは、事故です。誰のせいでもない」
「でも......」
「佐藤先生」
田村は、真剣な目で言った。
「今、あなたが自分を責めている暇はありません。作業を続けてください」
優希は、田村を見た。
そして――頷いた。
「......はい」
---
**午後五時四十五分。**
ようやく、装置の組み立てが完了した。
「配線、接続完了!」
「電源、確保!」
「センサー、正常稼働!」
次々と、報告が上がる。
優希は、制御パネルを見た。
全てのランプが、緑に点灯している。
「よし......起動します」
優希は、スイッチに手をかけた。
深呼吸。
そして――
スイッチを押した。
ウィーン......
装置が、動き始めた。
塔の先端が、光り始める。
そして――
ビーム状の光が、空に向かって放たれた。
「成功!?」
田村が、叫んだ。
「まだです」
優希は、モニターを見た。
「日本との同期が確立するまで、あと五分」
画面には、カウントダウンが表示されている。
04:58
04:57
04:56
「頼む......動いてくれ......」
優希は、祈るように呟いた。
その時――
地面が、激しく揺れた。
「きゃあ!」
チームメンバーが、転倒する。
「何!?」
優希は、光の柱を見た。
光の柱が、さらに太くなっている。
そして――
光の壁が、こちらに向かって押し寄せてきた。
「まずい......!」
「佐藤先生、装置を守ってください!」
田村が、叫んだ。
「僕たちは、ここで食い止めます!」
「何を言ってるんですか!?」
「いいから!」
田村は、他のメンバーと共に、光の壁に向かって走り出した。
「待って! 田村さん!」
だが、田村は振り返らなかった。
優希は、装置の前に立ち尽くしていた。
カウントダウンは、続いている。
03:12
03:11
03:10
「くそっ......早く......早く......!」
光の壁が、迫ってくる。
田村たちの姿が、光に飲み込まれていく。
「田村さん!!」
優希は、叫んだ。
だが、声は届かない。
そして――
光が、装置に到達した。
「うわああああ!」
優希も、光に飲み込まれた。
---
**光の中。**
再び、優希は浮遊していた。
周りは、白い光。
「また......ここか......」
優希は、装置を探した。
だが、見えない。
「装置は......どこだ......」
その時。
声が聞こえた。
いや、声ではない。
直接、脳内に響く言葉。
**「諦めるのか?」**
「誰だ......」
**「お前は、ここで終わるのか?」**
「......僕は......」
**「お前には、まだやることがある」**
光の中に、人影が現れた。
いや、人影ではない。
それは――
「田村さん......!?」
田村健太の姿だった。
だが、透けている。
「田村さん、どうして......」
**「俺たちは、お前を信じている」**
田村の声が、響いた。
**「だから、諦めるな」**
「でも、僕は......」
**「お前なら、できる」**
田村の姿が、消えていく。
**「地球を、救え」**
「待って! 田村さん!」
優希は、手を伸ばした。
だが、田村の姿は完全に消えた。
優希は、一人残された。
「......田村さん......」
優希の目から、涙が溢れた。
「すみません......僕のせいで......」
だが。
優希は、拳を握った。
「でも......諦めない」
優希は、光の中を見回した。
「装置は......どこだ......」
その時。
遠くに、微かな光が見えた。
装置だ。
「あった!」
優希は、その光に向かって泳ぎ始めた。
いや、「泳ぐ」という表現すら正確ではない。
意識を集中させる。
そこへ行く、と念じる。
すると――
体が、動いた。
優希は、装置に到達した。
制御パネルが、まだ動いている。
カウントダウンは――
01:23
01:22
01:21
「まだ、間に合う!」
優希は、パネルを操作した。
だが、光の中では指が上手く動かない。
「くそっ......」
00:45
00:44
00:43
「頼む......動いてくれ......!」
優希は、全神経を指先に集中させた。
そして――
スイッチを押した。
瞬間。
装置から、巨大な光が放たれた。
空間全体が、震えた。
そして――
---
**現実世界。**
優希は、雪の上に倒れていた。
「......う......」
ゆっくりと目を開ける。
空が、見えた。
青い空。
光の柱は――消えていた。
「成功......した......?」
優希は、体を起こした。
周りを見る。
装置は、そこにあった。
無事に稼働している。
だが――
田村たちの姿は、なかった。
「田村さん......」
優希は、立ち上がった。
雪の中を、歩き始めた。
「田村さん! どこですか!?」
だが、応答はない。
優希は、膝から崩れ落ちた。
「田村さん......みんな......」
涙が、頬を伝った。
「すみません......僕のせいで......」
その時。
遠くから、声が聞こえた。
「佐藤先生!」
優希は、顔を上げた。
雪の中から――田村たちが現れた。
全員、無事だった。
「田村さん!?」
「生きてますよ!」
田村は、笑っていた。
「光に飲み込まれましたけど、気がついたらここにいました」
「本当に......無事なんですか......」
「ええ! 全員無事です!」
優希は、その場に座り込んだ。
そして――笑った。
「よかった......本当に、よかった......」
涙と笑顔が、混ざり合った。
---
**同日、午後十時。東京・首相官邸。**
石橋副長官が、会見を開いていた。
「本日、ロシアでの特異点安定化作戦が成功しました」
報道陣が、どよめいた。
「佐藤優希博士を中心とするチームが、特異点の暴走を止め、地球規模の危機を回避しました」
拍手が起こった。
「現在、佐藤博士とチームは帰国の途についています」
画面には、優希とチームメンバーの写真が映し出された。
全員、笑顔だった。
---
だが。
その会見を見ている、一人の男がいた。
桜井晋三。
彼の顔には、苛立ちが浮かんでいた。
「......また、成功したか」
桜井は、テレビを消した。
「佐藤優希......お前は、邪魔だ」
桜井は、机の引き出しを開けた。
中には、複数の書類。
『佐藤優希失脚計画』
桜井は、その書類を見つめた。
「次は――お前を、潰す」
桜井の目には、冷たい光が宿っていた。