第一話 死と再会と、銀の始まり
始まり
――春風が吹いていた。
中学の卒業式を終えた僕は、門の前で制服の襟を軽く直すと、笑顔の二人に目を向けた。
「……卒業、か」
「うん、卒業だね、レン」
「ほんと、あっという間だったね!」
隣にいるのは、双子の幼馴染――天宮天音と天宮陽菜。二人とも幼い頃からずっと一緒だった。悲しい過去を抱える僕にとって、彼女たちは家族のようで、でもそれだけではない、かけがえのない存在だ。
天音は黒髪ロングの冷静で知的な美少女で、クラスの委員長タイプ。
陽菜は明るく元気で、誰とでもすぐに仲良くなれる社交的な天使。
そんな二人と一緒に過ごせた時間は、僕にとって宝物だった。
「このまま、みんなで高校行って――」
陽菜が何気なく未来を語った、その瞬間だった。
異様な音が耳に入る。何かが割れたような、悲鳴のような――
「っ! 下がれ!」
見えたのは、フードをかぶった男。そして――光る刃。
奴は明らかに、二人を狙っていた。目が完全に据わっている。狂ってる。
考えるよりも先に、身体が動いていた。僕は咄嗟に二人の前に飛び出し――
ズシャッ。
激痛。体が、冷たい。
「レンくん!?」「レン!!」
叫び声が聞こえた。でも、もう目が開けられない。重力が、遠くなる。
ああ、最悪だ。守れたけど、……これじゃ。
(……死んだ、のか)
その時、視界が真っ白に染まった。
* * *
「――やっと来たわね。かわいい小狐ちゃん」
そこは不思議な場所だった。白と金の光に包まれた空間。空も地面もないような、けれど心地よさと静けさが満ちている。
その中心に立っていたのは――美しい少女。
長く流れる銀髪。瞳は深い琥珀色。
浮世離れした存在感と、小悪魔のような笑みを浮かべたその少女は、僕の前で優雅に一礼した。
「私はアルメリア。この世界の《転生》を司る女神。……うふふ、よろしくね?」
「……女神?」
「そう。あなた、死んじゃったからね。代わりに“別の世界”で、もう一度生きてもらうの」
言葉は優しいのに、あまりにさらっと告げられた“死”に、逆に冷静になる。
「それって、転生ってこと?」
「そう。異世界で魔物として、もう一度“生き直す”の。これはあなたに与えられたご褒美よ」
女神はくすりと笑う。どこか楽しんでいるような様子。
「君は、誰かを守るために命を投げ出した。私、そういうの嫌いじゃないのよね。それに――あなた、本当はすごい天才でしょ?」
「……は?」
「気づいてないフリしてただけ。記憶力、身体能力、魔法的素質、ぜ~んぶ人間基準を軽く超えてたもの。だから、この世界じゃ“チート”として扱ってあげる」
「しかも今回は特別に、これだけ付けてあげるわ」
女神が手を振ると、文字が宙に浮かび上がる。
⸻
【加護】
・《転生神の加護》:潜在能力を極限まで引き出す。
【称号】
・《転生者》:経験値2倍、固有スキルの獲得が可能。
・《魔王の卵》:魔力系スキルの才能と魔法適性を強化。
・《勇者の卵》:身体強化、武器術などの戦闘系スキルを付与。
⸻
「これ、ゲームでいうなら“チュートリアルからラスボス級”ってやつ?」
「ふふ、わかってるじゃない」
そう言って微笑む女神に、僕は一つだけ尋ねた。
「天音と陽菜は……?」
「彼女たちも、異世界に召喚されたわ。あなたが死んだ瞬間に。しかも《聖女》と《賢者》という最高ランクの職業でね」
「……やっぱり」
「でもね、人間の職業は一度しか進化しない。成長に限界がある。でも魔物は違う。レベル10、20、40、80と、成長に合わせてどこまでも“進化”できる。スキルだって、使えば使うほど進化していくのよ」
「君には、その最強の可能性を“魔物”として持ってもらう」
「最初の種族は――《小狐》」
「そこから九回の進化を経て、最終的には――《九尾》という伝説種へ」
銀色の光が僕の周囲に集まりはじめる。
「名前はそのまま《神谷レン》。姿は、銀色の美しい小狐。そこから始めて、自分の力で未来を切り開いて」
そして、女神は最後にウィンクをした。
「また会いましょうね。面白くなったら、ちょくちょく覗きにいくから」
その言葉を最後に、僕の意識は再び光に包まれた。
今度は終わりじゃない。
――ここから始まる。
銀色の小狐として、僕の異世界物語が。
次回 《小狐、目覚める》