第十九話「王城にて」
戦いの傷は深く、身体は重かった。
だが、勝利の余韻と共に――神谷レンは、少しだけ誇らしげな顔をしていた。
ゴブリンキングを討伐してから三日。
王都レインの中心にそびえる白銀の城、ライン王国の王城へと招かれたレンとユノは、今、正門の前に立っていた。
「大きいね、レン……お城って、こんなに……」
「うん。なんか、いよいよって感じがするな」
ユノはいつものぽわぽわした雰囲気を保ちつつも、その瞳にわずかに緊張を浮かべていた。
それもそのはず――王都での戦果と、王女姉妹の推薦を受けたことにより、レンは“王への謁見”という特別な機会を得たのだった。
***
「こちらへどうぞ、冒険者レン殿」
案内役の騎士に先導され、白い回廊を歩く。
壁には歴代の王や英雄たちの肖像画。床は煌めく宝石を埋め込んだ大理石。
まさに“別世界”という表現が相応しい空間だった。
そして――
大広間の扉が静かに開く。
「我が名はアルト・フォン・ライン。ライン王国を治める者だ」
玉座の上から響いたのは、威厳と気品を併せ持った王の声だった。
その隣には、見知った顔――王女姉妹、アリシアとエリナの姿もある。
「ようこそ、勇敢なる者よ。貴公の活躍は既に耳にしておる。王都近郊に現れたゴブリンキングを討伐した功績は、まさに一国の守護に値する」
「……恐れながら、王の御前にてこのような褒め言葉、恐縮です。ですが、あれは僕一人の力ではありません。仲間の助けがあってこその勝利です」
レンは頭を下げながらも、堂々とした口調で応える。
「ふふっ、相変わらず礼儀正しいのですね、レン様」
王女アリシアが微笑みを浮かべる。
「王都まで無事に護っていただき、あの時のこと……私は一生、忘れません」
「……お姉様ばかり、ずるいです……あの、レン様。こちらへ、お越しの際に疲れておられませんでしたか?」
今度は妹のエリナが、少し恥ずかしそうに微笑む。
(やっぱりこの姉妹、どっちも強烈だ……)
内心で苦笑しながらも、レンはその場を無難に乗り切る。
***
謁見の後――
王城内の貴賓室に通されたレンたち。
「レン。いよいよだね」
「……ああ」
これから、レンは“特別冒険者”として王都での任務や調査に関わることになる。
表向きは“ゴブリンキング討伐の英雄”。だがその実、王都の混乱を未然に防ぐ“戦力”として期待されていた。
それだけではない。
この王城――そして王都には、“何か”がある。
神の加護を持つ者たち、職業の力を持つ人間たち、精霊の契約者たち。
全てが集まりつつある。
「……レン。来てるよ」
ユノの言葉に振り向くと――そこには、白銀の光をまとった一人の女性が立っていた。
「ふふ、元気そうだね、レン君」
「……ルミナス!? なんでここに……」
「お説教されて一度は帰ったけど、ちゃんと君の“観測”を僕も続けてるよ?」
魔法神ルミナス。蒼髪の美神は相変わらず“僕”と名乗りながらレンに近づくと、くすりと笑う。
「王都には、色々な“思惑”が渦巻いてる。でも……君なら乗り越えられる。なんたって、“九尾の素質”があるんだからね」
「……おいおい、それはまだ秘密だって」
「ふふふ、冗談だよ。でも、見ているからね。いい子でいてね?」
ユノが少しだけむくれて、レンの袖を引っ張った。
「……レンは、いい子」
「え? あっ、うん、ありがとう……?」
二人のやり取りに肩をすくめたルミナスは、再び光の中へと姿を消していった。
***
その夜、レンは再び自室の窓から王都の星空を見上げていた。
影と幻を操る狐の少年――神谷レン。
その運命は、王都という舞台の中でさらに複雑に、そして鮮やかに広がっていく。
「……俺は、まだまだ強くなれる」
静かに、でも確かな意志を胸に――
その瞳は、未来を見据えていた。
次回予告:第二十話「新たなる任務」