第十七話「動き出す影」
王都レイン。
冒険者ギルドの掲示板に張り出された、新たなクエスト依頼の一枚が、静かに風に揺れていた。
【依頼内容:北方山地にて魔物の集団異常出現。推定脅威ランク:A。現地調査および対処を求む】
「……Aランク、か」
神谷レンはその依頼書を前に、静かに呟いた。
既に彼の実力は冒険者ランクB。レベルも40へと到達し、魔物としては第三進化を遂げている。
その名は――幻影狐。影と幻術を自在に操る、Eランク魔物の中でも極めて稀少な存在だ。
(でも……この依頼、妙だ)
依頼書に書かれた内容に違和感を覚えつつも、レンは依頼を受けることを決意する。
ユノと共に準備を整え、王都を出発したのは、その翌朝のことだった。
***
北方山地――冷たい風が吹きすさび、陰鬱な雲が空を覆っていた。
地形は複雑で、木々はねじれ、空気はぴりついている。
「……気配が多すぎる。これはただの群れじゃない」
「レン……来てる。たくさん、来てるよ」
ユノの声に、レンは目を細めた。
森の陰から現れたのは――
「ゴブリン……? いや、違う。装備してる……?」
現れたのは、緑色の肌を持つ、粗野な魔物――ゴブリンたち。
だがその背には粗末ながらも統一された装備が揃い、統率された動きで包囲を開始していた。
そして、彼らの中心には――一際大きな影。
「グゥォオオアアッ!!」
ゴブリンキング。
巨大な棍棒を肩に担ぎ、王冠のような骨製の装飾を頭に乗せたその魔物は、間違いなくAランクの存在だった。
(Aランクの中では“下”……けど、相手が多すぎる)
視界を埋め尽くすほどのゴブリン軍団。
中にはシャーマンやアーチャーといった特殊職の個体も混じっている。
「ユノ、やるしかない――!」
「うん!」
レンは影の中から幾つもの分身を作り出し、幻術で敵の視界を混乱させる。
同時に、火炎魔法と幻影の組み合わせで突き崩す。
「――火影牙!」
爆炎とともに、前列のゴブリンを薙ぎ払った。
だが――
「無駄ァアアッ!!」
ゴブリンキングの棍棒が空を割り、レンの影分身を一撃で吹き飛ばす。
そこにすかさずゴブリンシャーマンが呪文を唱え、黒い瘴気が地面から噴き出す。
「……くっ!」
(魔力を……吸われてる!?)
足元から魔力が奪われ、動きが鈍る。
その一瞬の隙を、ゴブリンアーチャーたちが逃さない。
「レンッ!!」
ユノの叫びと同時に、矢が次々と肩や腹を貫いた。
視界が滲み、地面に膝をつく。血が流れ、身体が痺れる。
(負ける……このままじゃ、死ぬ……!)
立ち上がろうとしても、力が入らない。
そんな中、頭の中で声が響いた。
『まだ……終わらせるな。』
(これは……?)
『君の力は、まだ止まっていない。進め、神谷レン――影は、光に抗う力となる』
その声は確かに、かつて出会った叡智の女神カグヤのものだった。
彼女の加護――“異世界の知識”が、脳裏に戦術を描き出す。
「ユノ……影を重ねて。大きく、重く」
「うん……わかった!」
ユノが放つ空間魔法が、周囲の空間を捻じ曲げる。
レンはその隙間から影の世界に潜り込むと、魔力を限界まで燃やした。
「――幻影牙・黒葬陣!!」
周囲一帯に黒い狐火が広がり、影と幻が一体化して炸裂。
爆発するように燃え広がった黒い炎が、ゴブリンたちを焼き尽くす。
だが――
「グァァアッ!!」
ゴブリンキングは生きていた。燃え上がる体に構わず突進し、レンに棍棒を振り下ろす――
「――くそっ!」
レンは間一髪、空間をねじ曲げて回避するも、地面に叩きつけられた衝撃で視界が暗転する。
「レン!! やだ……死なないで!!」
ユノの叫びが、薄れる意識の中で微かに響いた。
(まだ……まだ……僕は……)
彼の意識は、闇の中へと沈んでいった――。
次回予告:第十八話「再起の焔」