第十六話「月下の招待」
「ふふっ。来てくれると思ってたわ、レンくん」
月明かりの下、王都レインの路地裏――そこは昼間の喧騒とは無縁の静寂に包まれていた。
薄いフードを被った女神アルメリアは、壁にもたれかかりながら、琥珀色の瞳を揺らして僕を見つめていた。
「……話って、ここで?」
「ううん。もう少し面白い場所よ。ついてきて?」
アルメリアに案内され、僕は王都の地下へと続く隠された階段を降りていった。
やがて、そこに現れたのは――
「……これは、闘技場?」
地下空間には、小さな円形の石造りの闘技場。
周囲にはごくわずかな観客席が設けられており、そこには貴族風の男女、異国風の衣装を纏った者、果ては魔族までが腰を下ろしていた。
「ここは非公式の『模擬戦場』。腕試しの場ってわけ」
アルメリアは肩をすくめながら言う。
「表の冒険者ランクとは関係なく、強い者が力を試し合う場所。……君みたいに、“正体を隠している”存在にはぴったりでしょ?」
僕はしばし考えたのち、静かに頷いた。
「……わかった。やってみる」
***
「出場者、入場!」
対戦相手は、黒衣を纏った長身の青年。
漆黒の髪、瞳は紅――種族は魔族。彼の名は「ザビス」。ランクD相当の冒険者であり、魔剣使いだという。
「久々の相手がキミとはね。……興味深い」
「こちらこそ、手加減はしないよ」
ギルドではFランクとして登録している僕だが、実力はその数段上。
しかも、僕にはユノという心強いパートナーがいる。
「ユノ、いける?」
「うん、魔力供給、準備OK!」
銀髪の精霊は肩に乗ったまま、小さく頷いた。
その瞳には空間と時間の輝きが宿っている。
「始め!」
審判の合図と同時に、地面を蹴って飛び出した。
幻術で分身を作り出しつつ、本体は低空を滑るように移動――
「火炎牙!」
紅の軌跡を描きながら、鋭く振るった爪がザビスの肩を裂く。だが――
「遅い」
ザビスは魔剣を一閃。僕の分身を斬り裂きながら、反転して反撃してきた。
「火球!」
応戦するも、魔剣から放たれる紫炎の斬撃に押される。
(なるほど、格上だ)
ユノの魔力供給で火力は増しているが、ザビスの一撃には一つ一つに重みがある。
体術、魔剣術、そして魔力操作――どれも熟練されていた。
(でも、勝てる……!)
「――時間加速、発動!」
世界がスローに見える。僕は重力すら感じさせない速度で前へ出た。
「空中戦、補助!」
「了解!」
一瞬、宙に浮かぶ。ザビスの視界の死角から――
「火炎牙・連牙!」
連撃。連撃。連撃――最後に最大の火球を直撃させ、魔剣を弾いた。
「くっ……!」
ザビスの身体が地面に叩きつけられた瞬間、審判が手を振る。
「勝者、神谷レン!」
歓声が……少なくとも、どこかから拍手が上がった。
***
「お見事。なかなかの動きだったわ」
観客席から降りてきたアルメリアは、笑みを浮かべながら僕に手を差し伸べた。
「でも、隠してる力……まだまだよね?」
「……見透かしてるんだな」
「女神だもの。君の“進化の可能性”は、まだほんの序章。楽しみにしてるわよ、九尾くん」
そう言ってアルメリアは、ふわりと宙へと消えていった。
「相変わらず、掴みどころのない人だな……いや、神だけど」
僕は苦笑しながら、ユノに目をやった。
「でも、悪くなかったよね?」
「うん。レン、かっこよかった!」
そんな風に言われると、ちょっと照れる。
……そして、僕は気づいた。
この世界で、自分の力を試せる場も、支えてくれる仲間も、少しずつ増えているのだと。
次回予告:第十七話「動き出す影」