第九話「契約の証」
「……きみ、わたしと契約……する?」
その言葉は、焚き火の揺らめきすら止まってしまいそうなほど、静かで、澄んでいた。
目の前に佇む精霊は、銀の髪を揺らし、オッドアイの瞳でこちらをじっと見つめている。
――右目は蒼。左目は金。
その視線は不思議と怖くはなかった。むしろ、どこか懐かしいような、優しいぬくもりを感じた。
「……契約、って。僕と?」
「うん。きみ、ちょっと特別。なんか、呼ばれた気がしたの」
彼女の声はやはり透明で、浮遊感があり、どこか眠たげだった。
まるで“ぽわぽわ”という擬音がぴったりくるような、不思議な雰囲気の少女だった。
「待って。まず、君のことを知りたい。『鑑定』!」
僕は彼女に向かって、スキルを発動する。
視界に、淡く浮かび上がる情報。
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【名称】???(契約未確定)
【種族】精霊(下級)
【属性】時間・空間
【ランク】未定
【状態】意思あり/魔力安定中
【備考】高位属性を同時に有する希少存在。契約によって名を得る。
※契約候補:神谷レン
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「時間と空間、両方の属性を持ってる……。しかも、名前がない?」
「ん。精霊はね、人間と契約することで初めて“名前”を持つの。わたしもまだ、下級精霊だけど……この世界に来て、きみを見つけたとき、わかったの。きみとなら、もっと強くなれるって」
彼女の言葉には、どこか確信めいた強さがあった。
そのとき、すぐ近くにいたルミナスが、すっと僕の肩を叩いた。
「この子、本当にレアだよ? 時間と空間、両方の属性を持つ精霊なんて、僕も久しぶりに見た。……たぶん、契約したら、とんでもないことになるね?」
「とんでもないって、どういうこと……?」
「それはね、ふふ――“君の未来を、自分で選べる”ってこと。時間と空間を操るってことは、因果や場所すら捻じ曲げられるってこと。契約さえうまくいけば、彼女の力は君を“次の段階”へ引き上げるよ」
ルミナスが楽しそうに目を細める。
小悪魔的な笑み。その奥にあるのは、純粋な興味と期待。
「ただし――精霊との契約ってのは、魔力の共有を意味する。普通の人間なら、下級精霊が限界。中級以上なんて、契約したら一発で意識を失う。それだけ負担が大きいのさ」
「でも……僕は魔物だ。人間じゃない」
「そう。妖狐、ランクF。そして第一進化したばかり。変化魔法もあるし、スキルも少しずつ増えてきてる。でもね、レンくん」
ルミナスがふと真剣な顔になる。
「……君は、“進化する存在”だ。進化することで、どんどん強くなる。契約するなら、その先に進む“覚悟”が必要だよ?」
僕は少しだけ息を吸って、精霊の少女を見る。
彼女は浮かんだまま、ただ僕をじっと見つめていた。
「じゃあ、契約すると……君に名前ができるんだよね?」
「うん。きみが、決めて」
その瞬間、僕の頭にふと浮かんだ名前があった。
彼女の雰囲気にぴったりな、ふわふわしていて、でも芯のある――そんな名前。
「……じゃあ、『ユノ』って、どう?」
「ユノ……うん、すき。わたし、ユノ。きみと契約する、精霊」
その瞬間、僕と彼女の間に、光の帯が走った。
魔力の波が、激しくぶつかり合う。
(……これが、契約の儀式!)
僕の体の中にある魔力が、精霊――ユノの中へと流れ込んでいく。
同時に、彼女の魔力も、僕の体を包んでいく。
熱くて、強くて――でも、心地いい。
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【契約完了】
《精霊契約:ユノ》
属性:時間・空間
状態:下級精霊(成長可)
効果:時間魔法・空間魔法の展開/限定的な瞬間移動/時短フィールド(小範囲)
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「やった……これで、僕の力はまた一段階、広がった……!」
「うん。きみとなら、もっと遠くへ行ける。……キュウビの、その先まで」
「……っ」
ユノの言葉に、僕は驚いた。
彼女はまだ、僕が“キュウビ”を目指していることを話していないはずなのに――
「どうして、それを……?」
「ふふ、契約したから……ちょっとだけ、きみの未来が見えたの」
まるで夢のような時間だった。
この出会いは、きっと“物語”の大きな転機になる。僕にはそんな確信があった。
森の夜は、なおも静かに続いていた。
でも――僕の心には、確かな灯火が灯っていた。
次回、第十話「精霊との初陣」