第八話「出会いの兆し」
ダークウルフの進化種との激戦を終えた僕――神谷レンは、森の中で焚き火の前に座っていた。小さな火を見つめながら、心の奥底から湧き上がる感情を噛みしめていた。
「……ふぅ。なんとか、勝てたな」
自分でも驚くほどだった。あのダークウルフの進化種は、これまでに戦ったどの魔物よりも格上だった。それでも、僕は勝てた。全身を駆け巡る痛みが、それを現実だと教えてくれる。
進化して妖狐になったことで、僕の身体は格段に強くなった。そして何より――新たな力を手に入れた。
《変化魔法Lv2》と、新スキル《人化》。
“人の姿”を取れるようになったことで、この異世界での行動の幅が一気に広がるはずだ。
(とはいえ、まだランクF。上には上がいる)
あの戦いの中、僕は再認識した。強さは、まだまだ足りない。
この世界には、僕よりも遥かに強い存在がいる。そう、魔物たちだけじゃない。獣人、エルフ、魔族――そして、人間も。
(……あの双子も、今頃どこかで戦ってるんだろうな)
僕の胸の奥に浮かぶのは、あの双子の顔――天宮天音と天宮陽菜。僕の幼馴染で、僕の命をかけて守った大切な存在。
そして、僕がこの世界に転生したと同時に、彼女たちも異世界に“召喚”された。
一人は「聖女」、もう一人は「賢者」。
人間の世界で、きっと英雄として期待され、戦っているはずだ。
(僕も、負けてられない)
そのとき――空間が震えた。何かが、僕の“内側”に入り込むような感覚。
《新たな加護を獲得しました》
《魔法神の加護》
――効果:全魔法の威力上昇/魔法知識の自動取得
「っ、な、なんだ……?」
まるで頭の中に、無数の知識が流れ込んでくるような感覚。雷魔法、風魔法、複合属性の扱い方や、詠唱なしの魔力圧縮術……次々と、理解できる。
(これが……“魔法神の加護”?)
魔力の扱いが、まるで手足のように自然になっていく。
この世界には、神々の存在が確かにある――その事実を、肌で実感した瞬間だった。
(この加護があるなら……もっと強くなれる)
僕は立ち上がり、森の空気を感じた。風が揺れ、木々がさざめく。そんな中で――ふと、かすかな気配を感じた。
「……誰かがいる」
《身体操作》を使って音を殺し、《幻術》で姿を隠す。
小狐としての本能と、僕自身の“天才”としての勘が警告を鳴らす。
僕は慎重に、木々の合間を縫うようにして、気配の源へと近づいた。
――そして、見つけた。
そこには、焚き火の跡と、野営の痕跡。獣よけの魔法陣が組まれており、簡易的な防御陣すらあった。
何より、魔力の残滓がほんのりと漂っている。
(誰かが、ここにいた。……しかも、ただ者じゃない)
僕がその場を調べていた、そのときだった。
「……見つけた」
ふわりと風が吹き、そこに現れたのは――銀髪でオッドアイの、美しい少女だった。彼女の存在はこの森に似つかわしくなく、どこか異質で、神秘的で。
(この子……魔物じゃない、人間でもない……?)
「私は、時と空間の精霊。あなたをずっと探してたの」
「っ、精霊……?」
「そう。契約者として、あなたに惹かれて、ここまで来たの」
彼女はぽわぽわとした雰囲気を持ちながら、迷いなく僕に近づいてくる。そして、そっと僕の額に指を当てた。
「……はじめまして。名前はまだないの。あなたがつけてくれる?」
彼女の瞳が、静かに僕を見つめる。僕はその瞬間、理解していた。
(――運命が、動いた)
精霊との出会い、魔法神の加護、そして人化という新たな力。
僕の物語は、また一歩、深く動き始めた。
次回予告:第九話「契約の時」
時空の精霊との契約へ。神谷レンが得る新たな力とは――