泥棒妖術師 1
十羽が、うきうきしながら大太刀、烈火の満月を引き抜いた瞬間、九羽が、顔をしかめた。
「ねえ、ひづめの音がしない?動物の鳴き声も聞こえるよ」
二羽と十羽が、耳を澄ませると、確かに何かが鳴いている。
「私には、モーって聞こえるけど、でも、牛じゃないわ」
口にして、二羽は、はっとした。
(森の精霊フォルトは、エーリンの手駒だわ。それに、サニベスは、キリン族と手を結んでる。これは、キリンの鳴き声よ)
「察するに、キリンの群れだわ。十羽、九羽、引き上げるわよ。任務は、完了したから」
二羽の決断は早かった。ひづめの音が、一頭でないのは明白だ。
フォルトは、キリン族の使いもしている。主のピンチに駆け付けたというわけだ。
二羽の言葉で、兄弟も何事かを理解した。しかし、十羽は、ごねた。
「えええっ!!つまんない!!キリン族なんて目じゃないよ。僕、全滅させられるから、斬らせてよ」
聞き分けの無い子供のように駄々をこねたが、九羽が、鶴の一声の如く苦言を呈した。
「赤目守りに叱られるよ」
「!?」
その効果は抜群だった。十羽は、不服そうな顔で、すぐさま刀を鞘に納めた。
義理の姉に嫌われるのも、怒られるのも、へっちゃらだ。
しかし、相手が、赤目守りでは訳が違う。
浮雲九十九番地の最強兄弟にとって、赤目守りは特別な存在なのだ。
赤目守りは、無駄な殺戮を喜ばない。
斬り捨てる相手が動物とあっては、尚の事そうだ。嫌われてしまう。
従って、どんな場合でも、矛を納めるしかない。
「命拾いしたね」
十羽は、忌々しいものを蔑むような目つきで魔女たちを睨むと、一瞬のうちに姿を消した。
キリンに乗ったフォルトが、ドアを蹴破って飛び込んだ時、その場にいたのは、床にしゃがみ込んで項垂れる主と、その仲間だった。
「ご無事でございましたか!!」
フォルトが、喜びの声を上げると、エーリンが青ざめた顔を、ゆっくりと上げて答えた。
「そなたのおかげで助かった。礼を言う」
二人の大失態は、下界にまで知れ渡った。
情報元は、当然ながら、二羽である。
今回の一件は、獲物情報班の事務管理長としても、下界処理班・第二班の戦闘員としても、悔しさが残る引き際だった。
そして、魔女たちの醜態は、浮雲九十九番地にも広まった。
最強兄弟が、浮雲小学校に報告したからだ。
普段は、報告といった業務じみた事を極端に嫌がる十羽が、積極的に動いたのは、もちろん腹いせである。
「キリンさえ来なければ、あいつらなんか、斬り刻んでやったのに!」
十羽が、口惜しそうに言うのを聞いて、九羽も頷いた。
「気持ちは分かるよ。だけど、二義姉を殺すのは、さすがに出来ない。他の奴なら、口封じも出来るけど、獲物情報班の班長、一花果の反感を買うのは、面倒だからね」
この兄弟にとって、義理の姉など、生きようが死のうが、正直どうでもいい事なのだ。同じ屋敷に住んでいながら、共に過ごした思い出が一つもない。
二人からしてみれば、赤の他人も同じである。
邪魔する者は斬ればいい、たとえ、それが身内であったとしても関係ない。
二人の根幹は、そこに尽きた。
「ねえ、九羽。あいつら、どう動くと思う?穴埋めは、残る二人がするよね。そういえば、面白い妖術師を知ってるよ。お盆の森のカラスたちに聞いたんだ」
「面白いって?」
浮雲小学校に報告へ行った帰り道、二人は、久しぶりに出城ヶ丘を散策していた。
飛翔すれば、すぐに出られるが、丘と名が付く深い森の複雑な道は、二人のお気に入りなのだ。
世眠と三宝と同じで、この森は昔遊び場だったので、すいすいと難なく歩けた。
「うん、自称お天気泥棒なんだって。天気を盗めるらしいよ。それに、下界に属した妖術師じゃなくて、『胸キュン王国』に忠誠を誓ってるらしいよ。珍しいよね?僕、一度会ってみたいなあ」
「へえ、確かに面白そうな話だね。それに、そんな奴を手下にするのは、一興かもしれないね。魔女たちを見て、手駒が欲しくなったんだ。面倒くさい事を代わりにやってくれる奴が良いな。十羽は、どう?」
「それ、いいね!さっそく下界に降りよう!」
二人が、興味を抱いた人物は、現役の泥棒妖術師だった。
そうと知る者はいないが、東野小羽は、間違いなく自称お天気泥棒である。
表向きは有名大学を卒業したばかりの男性教諭で、篝火町の私立ツバメ座女子高等学校に赴任している。
美丈夫だが、チキンハートの持ち主で、演技ではなく本物のドジ男だった。それで、生徒たちからの人気が薄い。
何しろ、始終おどおどしっっぱなしで、放課後の廊下で擦れ違う生徒たちから「先生、さようなら~」と次次に挨拶されても、緊張で飛び退いたり猛ダッシュで逃げてしまうのだ。
朝の挨拶も同じで、生徒の目を見て「おはよう」と言えた試しがない。
しかし、自分の美貌が濃すぎるせいで、生徒たちが尻込みしているのだと、大いなる勘違いをしていた。
その結果、意図的に、ボサボサの天然パーマを燕の巣のようにして、服のセンスは評価の仕様がない姿に変えてしまった。
毎日同じ服装で、よれよれの色褪せた灰色のTシャツを着るようになった為か、まるで濡れネズミのようだが、本人は満足している。
まさか、そんな妖術師だとは知らない二人は、楽しみに下界へ降りたのだ。