『最高の悪役令嬢を創る』西の魔女サ二ベスに目をつけられた女2
女は驚いていたが、サ二ベスとエーリンの方が、仰天していた。
「これは一体、どういうこと!?どうして、男が、この部屋にいるの?今頃、愛人宅に直行している筈なのに。どうして、ここに?」
その疑問に答えたのは、二羽だった。
「私が、恋愛感情を奪い取ったからよ」
「あなた!!いつの間に、ここへ!?」
二人の魔女は、驚きに続く驚きで、気持ちを立て直すのに時間が掛かった。
黒髪の美女は、ショートヘアだった。それで、魔女たちは、二羽の方だと分かった。
炎の宮 一羽と二羽は、一卵性の双子で、瑠璃色の大きな瞳も同じである。
二人とも、常に同じスーツを着ているので、姉妹を見分けるとすれば、髪型が頼りだ。
「下界処理班・第二班、戦闘員さんが、何の御用?」
先に持ち直したサニベスが、腕を組み威圧的な態度で応じた。
「あなた、獲物情報班の事務管理長もこなす才媛さんでしょ?こんな所で油を売っていいの?」
「班長の一花果さまには、ちゃんと許可を頂いています。今回は、ミンフィユ王国の国民から依頼を受けて来ました。あなた方の計画を阻止します」
「何ですって!?このっ、言わせておけば」
サニベスが大声を上げた時、エーリンが水桶を指差した。
「この男、よりを戻す気だ!」
「何ですって!?」
サニベスも慌てて覗きこんだ。
☆ ☆ ☆
「え、何言ってるの?話すも何も、会ってないもの!付き合い始めた頃、言ったじゃない!大人になってからは、会った事もないって!しかも、あいつ、先月結婚したからね!それを何なのよ!私を捨てたのは、あなたじゃない!」
楓は、叫ぶと同時に、怒りが再び込み上げた。
「そうよ、どうせ私はヒモ女よ!あなたに、本気じゃなかったって言われる程度の馬鹿女よ!だからって、いわれもない事で攻め立てられるなんて、真っ平御免よ!さっさと帰って!」
肩で息をする楓を、男が驚いたような顔で凝視している。
「何よ!さっさと、本気な女の所へ行けばいいじゃない!それとも何?ここに女を呼ぶの?だったら私は、お邪魔虫ね!公園で野宿してやるわよ!」
大粒の涙が零れ落ちて、楓は気付いた。
(ああ、私、泣きたかったんだ……)
「もう、二度と」
言い掛けた言葉は、元カレの唇に奪われた。
「!?なっ、何するの?」
目を吊り上げた楓と真逆で、にやにや顔の元カレを見て、楓は驚愕した。
(何こいつ?頭おかしくなった?はっきり言って、気味が悪い。というよりも、どうしてキスなんか……)
「はあ……焦った」
今度は脱力する元カレに、いい加減うんざりしてきた。
(一体何なの?)
苛立ってきた頃へ、思ってもみなかった一言が投下された。
「浮気されたと思った」
「はあああ?」
びっくりして目が点になった。そんな楓を尻目に、バツが悪そうに語り始めた。
「裏切られたと思ったんだ。楓は本当に出来た女で、家事も料理も上手い。ワガママも言わない。けど、先週、部下から言われたんだ。『三十路すぎた女が、結婚をせがまないのは、他に本命がいる証拠ですぜ』ってな」
(開いた口が塞がらないって……こういう事を言うのね。その部下の人、わざと引っ掻き回したんじゃ……)
「だから、愛人話をした。まだ俺を好きなら泣き付いて来る。そう思って嘘をついた」
項垂れる元カレに、楓は平手打ちを食らわせてやった。
「バカにしないでよ!私が、そんな女に見える?結婚をせがまない?当たり前でしょう?あなたは、社長で、私はただのOLだもの。そんなの……言えるわけがない」
最後の方は半泣き状態だった。愛人の話は嘘だった。
「じゃあ、まだ私を好きなの?」
色々な感情が入り混じって、楓は、どうしていいか分からなかった。
そんな楓を抱き締めたのは、困らせた張本人だった。
「愛してる」
「え?」
「頼むから、一生、俺の傍を離れるな」
(懇願する表情に、ころりとやられるなんて。私、きっと宇宙一の大バカ者ね)
「一生傍にいて」
晴れてラブラブに、という展開になってしまった。
サニベスは、フードを脱いで、二羽を凍りつかせるような鋭く冷たい目で睨みつけた。
「こざかしい小娘!!あの男に何をしたの!?この女に黄色の《胸キュン》を売り付ける計画だったのに!!」
しかし、二羽は、全くひるまなかった。
「私の能力を、ご存知ない?どんな双葉の種でもいいの。種を飲ませれば、心の中で双葉が出るの。そして、私が望む恋愛感情を奪い取ることが出来る。だから、あの男から、楓という娘への恋愛感情しか残らないように、他を全部奪い取った」
「余計なことを!!」
鬼のような形相に変わったサニベスが、ぱっと杖を出して、二羽に向けた。
その時、二羽の後ろから、生き血のような赤い羽が現れた。
「どうして、ここにいるの!?」
サニベスが半ば金切り声で問うと、エーリンも、青ざめた顔で二人を見つめ息を呑んだ。
「僕たち、三羽と四羽が嫌いだからさ、獲物を横取りしようと思って来たんだ。だって、面白そうだもん。僕、二人の悔しがる顔を見たいんだ」
十羽が、にこにこして答えたが、九羽は、面倒くさそうに言った。
「僕は、仕方なく来たんだよ。二羽ちゃんが、魔女が、二人いるって言うから」
魔女たちと同等の力を持つ者は、若手でいえば、浮雲九十九番地の最強兄弟と、王太子リベールだけだ。
本来ならば、互角だが、今回は違う、二羽がいるのだ。分が悪い。
リベールたちに及ばずとも、一応は、下界処理班・第二班の戦闘員だ。
「僕ね、魔女を切り刻むの初めてなんだ。楽しみだな~」
そう言って、背中から赤い大太刀を引き抜いた。