『最高の悪役令嬢を創る』東の魔女エーリンに目をつけられた娘2
連れて行かれた先には開けた土地があり、黒い車が止まっていた。
付近には、黒スーツ姿の男たちが四、五名、張り詰めたような厳しい面持ちで立っていた。それを見て、深鈴は呆然と立ち竦んだ。
「ユーキ様、大丈夫ですか?」
(大丈夫なわけないでしょう!?)
深鈴は、無言で蛇女を睨み付けた。
リムジンとは違うが、明らかに高級車と分かる車から、紋付袴を履いた老人と、裾の広い行灯袴を履いた長身の男が出て来た。
老人の方は、見るからに育ちが良さそうな穏やかな顔をしているが、 二人とも日本人ではない。しかも、上には赤いスーツを羽織っている。
(黒い袴に赤いスーツ、まるでマフィアの色じゃない……)
行灯袴を履いた男の顔付きは、ドラマで観たマフィア、或いはヤクザそのものだった。深鈴は、眉を寄せて拳を握り締めた。
(海に沈められるかもしれない。今から輸送されるとか?ひょっとしたら、売られるのかも……)
黒スーツ姿の男が二人、老人の傍に駆け寄ると、お辞儀をして背後に回った。
深鈴が冷汗をかいて恐怖に慄いていると、老人と共に降りたヤクザ顔の男が進み出て、深鈴に話し掛けた。
「御無事で何よりです、女将さんが心配しておりましたよ。サン、ユーキお嬢様にお怪我は?」
「ないよ、ラナ」
蛇女は頭に右手を置くと、勢いよく髪の毛を引っ張った。次の瞬間、深鈴は目を丸くした。
「えええっ?男の人おお?金髪にブルーアイ!?」
深鈴は、人気モデルより数倍美しい男に見入った。
「さあ、雪乃亭に戻りましょう。お迎えにあがりました」
ヤクザ顔の男が微笑んで、深鈴に手を差し伸べた。
「何の冗談ですか?わ、私、帰ります!」
深鈴は隙をついて逃げようと決めたが、サンが後ろから、深鈴の両肩を掴んだ。
「今日という今日は逃がしませんよ、ユーキお嬢様」
振り向くと、サンが口角を上げて、にっと笑った。
その美顔が不気味なくらい美し過ぎて、深鈴は気を失った。
(イケメンも無理……)
刺激が強すぎたのだ。常日頃から、丸顔と童顔がコンプレックスだった。
身長も低いし、胸も小さい。容姿に自信がなくて、容姿端麗な男子と話すのが怖かった。 自分の醜さが浮き彫りになる気がして、近寄りたくもなかったのだ。
意識を手放す直前に、巻物が手から滑り落ち、鈴を転がすような美しい声が聞こえた。
「転生メニューは、お決まりですか?」
サンは、崩れ落ちる深鈴を、愛おしそうに両腕で受け止めた。
しかし、ラナは険しい目付きで、深鈴を睨んだ。
「サン、この娘は誰だ!?ユーキお嬢様は、おまえの顔を見て気絶するような方ではない!」
ラナは、激情を必死に飲み下そうとしていた。
それは、誰の目にも明らかで、一同は成り行きを静かに見守った。
「分かっていて連れて来たな?おまえも知っているだろ、ユーキお嬢様でなければ、雪の水飴を作ることは出来ないんだぞ!確かに、顔は瓜二つだが、おまえが、見間違うわけあるまい?」
半ば怒鳴るように攻め立てる上司に、サンは一瞬目を閉じて、それから口を開いた。
「残念だけど、ユーキお嬢様も転生していたよ……男の子にね。雪の水飴は、雪乃亭の次期女将だから作れるんだ。もう無理だよ。新しい人生を歩んでいる」
衝撃的な事実に、誰も何も言えなかった。その静寂を破ったのは老人だった。
「わしの孫は幸せに暮らしていたか?」
「はい」
サンが恭しく頷いて頭を下げた。
「一人っ子でしたが、水樹と名付けられ、優しいご両親に育てられていました。笑顔の溢れる温かな家庭でした」
それを聞いて、老人だけでなく、ラナたちも、ほっと安堵の溜息を吐いた。
「ならば、もうよい」
老人が微笑んで続けた。
「雪乃亭は、娘の代で閉めるとしよう。どんな願いも叶える雪の水飴を悪用しようと企む輩も跡を絶たぬ。もはや、この世にあっては、ならぬ秘伝物じゃ」
「そうですね。お菓子を作れない、その上、魔力も持たない者に雪の水飴など作れません。ましてや、雪の雫は出せぬでしょう」
ラナも同意して、一同が重々しく頷いた時、サンが突然とんでもない発言をした。
「待って下さい。深鈴お嬢様に作って頂きましょう。パティシエを目指しているようです。それに、雪の雫を出せない根拠はありません。深鈴お嬢様なら、絶対に作れます!最後に一個だけでいい。余命二日の大奥様の為に、作って頂きましょう!」
瞳に光を宿して力強く言い切った部下を見て、ラナは初めて頼もしく思った。
それは老人も同じ事だった。
一つでいいのだ、先に逝く病床の妻に、どうしても食べさせてやりたいと、誰よりも強く願っているのだ。
このような会話を気絶した身で知る由もなく、深鈴は、サンの腕の中で夢に落ちていた。
☆ ☆ ☆
「娘に逃げられただと!?」
「申し訳ございません。後一歩の所で、邪魔をされました」
這いつくばって頭を下げる、森の精霊フォルトを見下ろして、東の魔女エーリンは、親指の爪をギリギリと音が鳴るほどに噛んで悔しがった。
「……もう良い。顔を上げよ。邪魔をした者は分かっておるな!?」
血走った青い目を手下に向けると、間髪入れずにフォルトが答えた。
「手天の次男でございます」
「手天だと!?《天に手が届く化け狐の一族》ではないか!!」
東の魔女エーリンは、腰下まで伸びた美しいブロンドを持ち上げて、ぐしゃぐしゃに掻きむしった。
そして、青いローブを素早く着込んだので、フォルトが慌てたように留めた。
「いずこに行かれるおつもりですか?」
「……認めざる負えまい。此度、わらわは、失敗した。伝えねばなるまい。天に手が届く一族に、手出しは出来ぬ」
「エーリンさま……」
フォルトが青ざめた顔で項垂れるのを見て、エーリンは、穏やかに変わった眼差しを向けた。
「……もう良い。そなたは、よくやった。西の魔女サニベスが、一人見つけておる。そう、自分を責めるな。もう休め。わらわは、行って来る」
そう言うと、ぱっと姿を消した。
残されたフォルトは、主に感謝して、手天に復讐を誓った。
「わしは、聖霊じゃ。必ずや、一泡吹かせてみせよう。このままでは、終わらぬぞ、小僧ども」
ジェラルディンと三羽たちが、作戦を練っていた頃、魔女たちの復讐計画も始まっていました。
東の魔女が、悪役令嬢の候補として選んだ娘は、手下に任せた事で失敗してしまいました。
残り三人の魔女たち、森の精霊フォルトの話は、投稿済みの話の流れに沿いながら、割り込み投稿します。