第4話『老舗焼鳥』営業中/ 難関がダブルアイスだ!
死後は、地獄か、極楽か。四十九日を、とぼとぼ歩く。
目指して逝くも、道に迷う。そんな所に、そこはある。
「死人に口なし?そんな話がありやすかい。死人ほど口が達者な奴ァ、他に知らないね。喋る姿を見たかって?アホ言っちゃいけねぇ御客さん。まぬけな死人は、ごろごろいやすぜ」
白髪のパンチパーマは、ご愛嬌。ピンクの前掛けは、譲れない。
焼き鳥を焼かせば、右に出る者はない。秘伝のタレは、満月だ。
「俺ァ、なげえこと商売してるんで、知ってんですがね。焼き鳥の匂いに釣られて店へ転がり込む客の多いこと。ちょうど御客さんみたいにね」
そこで、五老次郎が言葉を切った。
まん丸い小っちゃな目を皿にして、カウンターに座るサラリーマンを、穴があくほど見た。
「れれっ?よく見りゃ御客さん、酔っ払いの生霊だね?こりゃあ、ぬかった。少し喋りすぎやした。あんたみたいな阿呆も、たまにいるんでさァ。生きてんなら帰りなせえ、ここは死人の世界でさァ」
次郎が片づけを始めると、べろんべろんになった客が身を乗り出して聞いた。
「ん?帰り方?自宅の寝床でも考えなせえ。すぐ着きやすぜ。ん?ここは、地獄か極楽か?違いやすって、御客さん。ここァ、浮雲九十九番地。保持妖怪さま御用達ですぜ」
間抜けな生霊が帰宅してすぐ、新しい客が、藍色の暖簾をくぐった。
「へいっ、らっしゃい。おっ!こりゃあ、珍客だ。何年ぶりですかい?五香松の姐さん」
姐さんと呼ばれた客は、きっちりとした黒スーツを着込んでいたが、くるぶしまで届く黒髪は束ねていなかった。
颯爽と店内を歩いて、素早くカウンターに座ると、水を出す間も与えず、切り出した。
「久しぶりね、五老さん。焼き鳥を食べに来たんじゃないの。最近、時子が、いえ、ジェラルディンが、ここに来た?」
妖怪とは思えぬ美貌は、何十年経っても衰える事を知らない。
「それを知って、どうしやす?」
次郎にしては、歯切れが悪い。
姐子は、一瞬で顔を曇らせて、震える唇を噛み締めた。
「やっぱり来たのね?」
「姐さん、あの子は、もう姐さんの生徒じゃありやせん」
次郎は溜息を吐いた。そして、諭すように言った。
「当の昔に、卒業したんですぜ。どう生きようが、あの子の自由でさァ」
「分かってます!分かってますけど、悪事を働かせる為に卒業させたんじゃありません!あの子は、今度、魔女の依頼を引き受けたんです。ルイーベ国の魔王から、使者を通じて『浮雲小学校』に苦情がきました!魔女に手を貸すよう教育したのか!と大変お怒りです」
カウンターを、両手でバンッとに叩いた後、姐子は、両手で顔を覆って俯いた。
「しかも、その使者というのが、時の破壊者ドナルです。リーシャ様も同じに見えられて、小学校は目をつけられました!」
ぱっと両手を外して顔を上げ、次郎を見据えた。
「あの子を説得して下さいな。各乙女ゲームから、苦情が殺到しているそうです。悪役令嬢を盗まれて、やって来たレンタル悪役令嬢は、悪役度が、悪事の質が落ちる、生温い。本物の悪役令嬢を返せ!そう言って、どの王国も怒っているそうです」
次郎が酒瓶を取り出そうとしたのを、姐子が右手で止めた。
「今晩は、きっと酔えません。リーシャ様が教えて下さいました。初めは上手くいっていたそうです。けど、レンタルの子たちの心が、次第に病み始めて、元が良い子たちですからね。苦情殺到の状態に。カンパニーは、ジェラルディンのせいにしています」
「それは知りやせんでした」
次郎も老いた顔をしかめた。
「三ヵ月前、満月を持って来てくれやした。差し入れだと、『転生食堂』に届けた余り物だから、お金はいらない、そう言ってすぐに帰りやした。あの子は、昔から愚痴をこぼしやせん」
「本当に、そうです。あの子の本音を知るのは、シルバー文鳥のセーシュだけ」
目尻に涙を溜める姐子に同情していたが、ふいに、次郎は面白い事を思い付いた。
「三羽と四羽を、ぶつけてみなせえ。きっと楽しい事が起きやすぜ」
「あの双子をですか!?妖魔にされて長かったから、今では、魔王の右腕ですよ!?」
姐子は心底驚いたが、次郎は真剣な顔つきを崩さず言った。
「だからですぜ、姐さん。あの坊らは、ジェラルディンの後輩だ!魔王に提案してみなせえ。上手くやるんですぜ。問題児 対 問題児。こりゃあ、見ものだ」
「問題が増えるだけですわ。でも、小学校への怒りは薄れるでしょう」
しばし考え込んで、姐子は答えを出した。
「何も手を打たないよりは、千倍マシですね。毒を以て毒を制すといいますからね。下界の諺ですわ。それでは、失礼します」
さっと立ち上がり、一礼して立ち去った。
職員室に戻った姐子を待っていたのは、四年三組の担任、梅桃男雛だった。
「あら、先生、こんな遅くまで、どうなされたんですか?」
姐子が驚いて尋ねると、男雛は、右拳を振り上げた。
「出来が悪いんじゃない!ずる賢いんだ!」
「えっ、何の事です?」
姐子は、心底びっくりした。
こんなにも激怒しているのを見たのは、初めてだ。
「十年前は、炎の宮の双子勢に手を焼きましたがね。でも、まだマシでしたよ。あの時は、クラス全員じゃなかったんですから!今回は、凄まじい!六十年目の難関ですよ」
「まあ!」
事情が呑み込めた姐子は、微笑んで言った。
「まだ、四年生じゃないですか」
「まだ四年生?とんでもない!あの子たちは、じきに、炎の宮の双子勢を超えますよ。全員が全員、間違えた答えを作ってくるんです。正解は面白くない。それが、あの子たちの言い分なんです」
真っ赤な顔をして言い切ったのが、妙におかしくて、思わず姐子は笑ってしまった。
「笑い事じゃありません!あの子たちは、ずっと僕を騙していたんです!出来が悪過ぎる児童を演じていたんですよ!一番の曲者は、下鴨三宝です」
「まあ、あの可愛らしいお嬢さんが?」
姐子は目を丸くした。
「信じていないでしょう?僕だって、最初は自分の目を疑いました」
「そうですか。では、その通りなんでしょう。神童という事ですね」
「五香松先生?」
「男雛先生は、子供たちをよく見ていらっしゃいますもの。ベテラン教諭の難関、応援しています」
「ありがとう。頑張るよ」
二人が、ちょうど話し終わった時、男雛は、教頭先生に呼ばれた。
「では、行きますね」
「まあ!校長室に呼ばれるのを待ってらしたんですか?」
「ええ、そうです。一体何を言われるのやら」
肩を落として職員室を出て行く男雛に、姐子は深く同情した。
男雛が校長室へ入ると、校長の四条流 七の帯は、銀色だった。
何か深い理由があるのか、無地の紺色の和服しか着て来ない。
それも、必ず銀の帯か、或いはエメラルド色か。どちらかに限定された。
綺麗な二重太鼓に結んであるが、やはり柄はない。
(まあ、すっごい美人だから、何着ても似合うんだけど。もう少し、華やかな色が似合うと思うんだけどなあ。髪型も、あんなに固く引っ詰めなくても)
男雛は、ちらりと横目で右隣を見た。
(年齢的に逆じゃないかなあ?)
教頭の、炎の宮 八幡も、無地の和服だが、暖色を好んで一重太鼓だった。
今日は、橙色に、紫の帯。なんと、模様が赤い金魚だ。
(いつ見ても、凄いセンスだよなあ、金魚って。まあ、児童にはうけてるんだけど)
ヘアスタイルも若々しくて可愛い。
後ろで緩めの三つ編みにして、結び目を上げている。
(まあ、こっちも美人ではあるんだけど、狐目だからなあ。僕は好みじゃない)
「三羽と四羽を呼びました」
茶色いソファに腰かける間もなく、唐突に切り出された。
校長先生も立っているので、自分だけ座るつもりはなかったが、目玉が飛び出た。
「はっ?へっ?」
間抜け面で、間抜けな声を発した男雛を見据えて、校長先生が、きっぱりと言った。
「あなたは、あの子たちの担任でしたね。頼みましたよ」
「はっ?へっ?」
間抜け面で、再び間抜けな声を発した男雛に、教頭先生が退出を促した。
「さあ、行きますよ。三羽が言うには、既に、イーリス探偵事務所には連絡済みだそうです。粗相のないように!」
(なんてこった!難関がダブルアイスだ!)
気付けば、心の中で、そう叫んでいた。