パーシーと、ジャーナン 前編;「満月の夜だけ、捕まえ難いんです」
ジャーナンを助けるのは、最初、三羽と四羽でしたが、パーシーに変えました。
一応、パーシーは、虹の魔女の弟子なので、活躍して貰おうかなと変更しました。
無敵怪盗ジェラルディンが、新たに選んだ神出鬼没の町は、驚くほどド田舎だった。
今にも潰れそうな古ぼけた交番に勤務する警官は、パーシーが三人目になった。
パーシーは自ら進んで越して来たが、気の毒な事に、ジャーナン警官は、【警察本部が持て余した無敵怪盗の捕縛】を請け負う羽目になって腰を抜かした。
これまでジャーナンの任務は、近所に住むおばさん宅から逃げ出す雄鶏の捕獲だった。
「 ジュエリーって名前なんです。バーバラ夫人は、亡き夫の形見だとか言って、溺愛してるんです。ちょこっとの掠り傷でも大騒ぎして、挙句、血糖値が急上昇して、本人が三日も入院するんです」
パーシーは、勤務初日に愚痴られた。
雄鶏は、御隠居よろしく自由を満喫して、日々気ままに浮遊しているらしい。
一応先輩警官なので、長い愚痴を、パーシーは、ニコニコ顔で聞いた。二度と聞かされたくないと思いながら。
「入院中は、僕がジュエリーを預かるんです。毎回、僕のせいにされるから、被害をこうむらないように護衛するしかないんです。あなたが来るまで、僕とミーシン警部の他に、警官はいませんでしたからね」
ジャーナンは、胡瓜のようにひょろ長く垂れ目で、デスクワークが似合いそうな風体だった。とても捕獲向きとは言えない。それは、本人が一番分かっていた。
「はあ………ミーシン警部、今夜は満月ですよ。また張り込みですか?」
ジャーナンが、情けない声を出して恨めしそうな目つきで、年配警部を見た。
「今夜も絶対、取り逃がしますよ。僕、自信があります。目に見えています」
パーシーは、壁に背を預けて聞いていたが、思わず苦笑した。
「僕、自宅の軒下に、逆さま坊主をぶら下げてきました。雨の夜は、さすがに怪盗も出没しませんよ。交番にも、ぶら下げていいですか?」
ジャーナンが聞くと、ミーシン警部は、のっそり椅子から立ち上がった。
そして、熊のように大きな体を二・三度、右、左と順番に捩じると、ぼそぼそと言った。
「うむ、あめあめ坊主とは懐かしい。下界の風習だったかな?気持ちは分かるが、明日は遠足だ。子供たちが悲しむから止めなさい」
ジャーナンは、肩を落として返事をした。
「ああ、そうでした。僕、すっかり忘れてました。あの子たち、先週から楽しみにしてましたね」
交番から、三キロほど離れた所に、町で唯一のジュニアスクールがある。
下校時刻になると、子供たちは交番を覗いて、ミーシン警部とジャーナン、それから新しくやって来た警官パーシーに学校であった嫌なこと楽しかったことを喋る。
たいてい一時間くらい話し込んで、元気に帰っていく。
もはや日課である。
「現代は、便利な機器が溢れてます。下界から流通した懐中電灯があるでしょう。電柱だってあるし」
ジャーナンたちが暮らすミンフィユ王国は、昼間は、星々に混ざって静かに夜を待っているのだ。
「そうだ!この間、バーバラ夫人から下界の詩集を貰ったんです。素敵な詩ばかりで、何度も読んだから暗唱できますよ。金子みすゞっていう詩人さんですけどね。僕、この人の詩、好きだな~特に『星とたんぽぽ』!!」
熱く語ると、誰も頼んでいないのに暗唱し始めた。
「この部分が、大好きなんですよ。『青いお空のそこ深く、海の小石のそのように、夜がくるまでしずんでる、昼のお星は目にみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ』 まるで、僕らの王国のようでしょう?」
尋ねられて、パーシーは頷いた。
ミンフィユ王国は、波間の上、雲間の下にある神秘の世界に属している。
日が沈むと、天空を流れる桜色の雲に乗って漂うのだ。
「でもね、この国は、今では下界と同じなんです。満月がないと、空が真っ暗になる時代は終わったんです。星明りしかないから夜道に迷うなんて事も、もうないんです。満月の夜に、満月がなくたって困りません!」
ジャーナンは、拳を振り上げて力強く言い切った。
「一種の停電と考えればいいんです。断水の方が、よっぽど困ります。僕、もう嫌ですよ、いっつも空振りですもん」
ジャーナンが、苛々して文句をぶちまけていると、見覚えのある白い綿菓子が、ふわりふわりと動いているのが目に留まった。
「あいつ!またバーバラ夫人の庭から脱走したな!」
一匹の雄鶏が、胸をぷくっと膨らませて、悠々と交番の前を通り過ぎて行ったのだ。
ジャーナンは、急いでマグカップに右手を伸ばすと、下界の抹茶を一口啜った。お茶の葉は、バーバラ夫人の差し入れだ。
「ほんと参るよ。これで今月は、十一回目だぞ!」
呻くように言うと、ダンっと音がするほど荒々しくマグカップをおいた。そして、帽子を引っ掴んで交番を飛び出した。
ミーシン警部は、仕事熱心な後ろ姿を見送って、自慢の顎鬚を撫で付けた。
「おや、まあ、はや!」
一風変わった口癖を呟くと、再び席についた。
「なんとも責任感の強い子だ。しかし、あめあめ坊主とは恐れ入る!わははははっ」
大きい顔を綻ばせて笑うと、黒い日誌を開いてペンを走らせ、『今日も平和である』と記した。
「ジャーナンが読んだら、激怒しますよ。事実ですけどね」
山と海に囲まれたド田舎で、鶏が町中を歩くこと自体は、何ら珍しくない。
「人の歳に数えると九十を迎える長寿で、よたよた、ふらつきながら進むんです。 でもね、不思議なんですよ。満月の夜だけ、どういうわけか歩くのが速くて、捕まえ難いんです」
パーシーは、呑気に愚痴を思い出していたが、突然、顔が強張った。
そして、帽子もかぶらず交番を飛び出した。
ミーシン警部は、慌てふためく後ろ姿を見送って、自慢の顎鬚を撫で付けた。
「おや、まあ、はや!」
一風変わった口癖を呟くと、のんびり二人の帰りを待つことにした。
「なんとも元気な子だ。わははははっ!」
パーシーは、必死で駆けた。
「くそっ。何で気付けなかった!普通の雄鶏だとばかり思ってた!頼むから無事でいてくれ!」
一方、その頃、ジャーナンは、無事ではなかった。
「変だな、ジュエリーを最後に見た人が、西に向かったって教えてくれたから、西に進んだんだけど。どこで道を間違えたかな?」
辿り着いた先は、陰気な森の奥だった。
日が差し込む隙間も無いほど、大樹の葉が生い茂っている。
ジャーナンは、胸ポケットのペンライトを引き抜いて、足元を照らした。
そして、びっくりした。
「筍が生えてる!この辺に竹林なんて無いのに」
ジャーナンは、しゃがんで触ってみた。
その時だ、しゃがれ声が聞こえて飛び上がった。
「筍泥棒じゃな!今日こそは逃がさんぞ!」
現れたのは、キリンに乗った小人だった。右手には、提灯を下げている。
「違います!僕は、警官です!」
泥棒に間違われたのは、生まれて初めてで、気が動転した。
「ジュエリーを、雄鶏を一羽、探しに来ただけです!盗みなんて働いた事も、考えた事もありません。信じて下さい!」
ジャーナンは、必死に否定した。
緑色のローブを着て深緑色のとんがり帽子をかぶった小人は、険しい目付きで睨んでいたが、一言だけ発した。
「付いて来るんじゃ」
「……はい」
ジャーナンが、蚊の鳴くような声で返事をした瞬間、辺り一面を虹色の光が覆った。
「え?」
大樹の葉を押しのけて空中から舞い降りた人物を見て、ジャーナンは、ぽかんとした。
「はあ………ギリギリ間に合いましたね」
ジャーナンは、汗だくになって肩で息をする同僚を穴があくほど見た。
(空、飛べたの!?)