ペルシャ猫リーネの出張先1;浮雲九十九番地 / 依頼主;保持妖怪・炎の宮 三羽
世眠たちが、まだ四年生だった頃、受け持ちの先生は、梅桃男雛だった。
なかなかのハンサムだが、少し神経質な所がある。
このベテラン教諭を散々困らせた世眠たちを利用しに訪れたのが、炎の宮家の双子だ。
そして、利用されたのは、イーリス探偵事務所の一助手、ペルシャ猫のリーネも、同じだった。
イーリス探偵事務所は、化け猫たちが暮らす根古多村の外れにある。
看板も無かったが、三羽と四羽は、すぐに見つけた。
その時分はまだ、妖術師シルスを怒らせて妖魔にされていたが、飛翔を得意とする保持妖怪の妖力は残っていた。
その小さな村は、かつては魔女であったシルスが暮らしていたミンフィユ王国の、瞬火山の麓にある。
双子は、上空から探し当てたのだ。
化け猫でさえ滅多に寄り付かない場所だと、《胸キュン》の購入者が二人に教えてくれたが、実際、見た者を不快にさせるジメジメとした陰気な場所だった。
沼地が広がり、周囲は背の高い木々に囲まれて、昼間でも薄暗い。
訪れる客は、余程の事件か、切羽詰まった相談事を抱える猫だと聞いたが、二人とも納得がいった。
二人が、古ぼけた事務所を訪れたのは、もう何年も前の話だ。
その時から、ずっと付き合いは続いていた。
ミンフィユ王国は、昼間は、星々に混ざって静かに夜を待っている。
波間の上、雲間の下にある神秘の世界に属していた。
そして、日が沈むと、天空を流れる桜色の雲に乗って漂う。
地獄と極楽の狭間を漂う雲、浮雲に住む保持妖怪たちが、桜色の雲を見る事は、普通は不可能だった。
しかし、ミンフィユ王国の民に、《胸キュン》を売り付けるよう命令されて度々赴いていた双子は違う。
妖魔から保持妖怪に戻った今でも、そこへ行く術を熟知している。
故に、イーリス探偵事務所は、度々、双子の依頼を受けていた。
世眠たちが、男雛先生を困らせて面白がっていた頃、その古びた事務所では、このような遣やり取りがあった。
「リーネ、悪いが、ちょっと過去まで行ってくれないか?『思い出を走る虹色のバス』に乗って」
名探偵シャム猫ルラの化け姿は、背が高く痩せ型で、ひょろりと伸びたモヤシのように頼りなく見える。
それでいて、服のセンスは破滅的だ。
季節関係なく、色褪せた灰色のTシャツを着て、ぶかぶかで継ぎ接ぎだらけの藍色の外套を羽織っていた。
とにかく、ドケチで、洗濯はしているが、もう何十年も同じ服だ。
ドア付近の柱時計は特注品だが、電池交換にお金がかかるそうで、ケチっている。
「調度品だと思えばいい。腕時計があるんだから、時間は分かる」と、これが、ルラの言い分である。
しかし、本来の姿と同じで、人に化けた時の瞳もエメラルド色、涼やかな目元には、どことなく色気が滲んでいた。
それで、イーリス探偵事務所を訪れる来る客のほとんどが、雌猫だ。
ごくまれに、妖怪も来るのだが。
「またですか?今度は、どちらに?」
ペルシャ猫のリーネは、水色のシャツに白いエプロンを付けて家政婦のような恰好で、革張りの黒いソファに座っていた。
一掃除終わった所で、のんびりレモンティーを飲んでいた。
そこへ、声が掛かったのだ。
「浮雲九十九番地だ」
ルラは、お気に入りのロッキングチェアに、ぐっと凭れた。
そして、眼前のデスク上を指差した。黒電話は、未だにダイヤル式だ。
そのウッドデスクは、いつ壊れてもおかしくない。
ソファの前に置かれたテーブルも、ソファ同様おんぼろだった。
「双子から依頼の電話が来た。滅亡前のフルーヴ王国へ行って、王宮の宝物庫から、真珠の言葉を取って来て欲しいそうだ」
「何ですって!?昨日も、行きました」
「うむ。今度は、三羽の方でね」
「まあ!一体、何を企んでいるのやら」
過去・現在・未来を自由に行き来できる《時の赤ちゃんアマガエル》七匹が、リーネの足元に集まって、不安げに見上げた。
「では、頼めるね?」
「それが、仕事なら参りますけど。いくら後で返却すると言っても、勝手な持ち出しは、立派な犯罪ですからね。本当は、貸し出しも禁じられているんですから。リベール殿下は、よく持ち出されていたそうですが。一応、あれでも王太子でしたからね。暗黙の了解があったのでしょうけど。私は、探偵事務所の一助手ですから」
「そんなに自分を卑下するもんじゃないよ」
まるで諭すかのような口ぶりだったので、リーネは、非常にイラっとしたが、何も言わなかった。言うだけ無駄なのだ。
「君ほど優秀な化け猫は、そうそういない。それに、持ち出しの件なら、心配いらないよ。僕は、リベールとも仲が良いんだ。あんなに大きな王宮に、猫が一匹入り込んだくらいで、目くじら立てる輩やからもいないよ。我が物顔で、堂々と歩けばいい。君は、素敵な毛並みをしているじゃないか。頑張ってくれたまえ」
「殿下とは、腹黒同士、気が合うのでしょうね?」
最後に一言、嫌味を言ってやったが、ルラは、にこにこするだけだった。
こういうわけで、気の毒な助手と、赤ちゃんアマガエルたちは、『思い出を走る虹色のバス』に乗り、虹色トンネルを通って、過去へ行ったのだ。再び双子に利用される子供たちを哀れみながら。
しかし、世眠たちは、これを機に、すっかり三羽と、四羽の大ファンになった。
そして、校長先生と教頭先生は、こんな筈ではなかったと、頭を抱える羽目になる。




