第10話 爝火と 賭《か》け妖怪 【賭け妖怪の大《だい》博打】、僕も参加させて貰うよ
賭博場は寛永寺、正確には寛永寺の狭い区域だ。
そこに、人には視えない小さな古寺がある。
「いてて、いてえ、いてえよお!」
黄色い小鬼が、醜い顔をしかめた。
小鬼といっても、背丈は、三メートルある。
「じっと、しなんし!こおれ、なげに逃げなさる?」
首なし女が文句を言うと、小鬼は、右目を押さえて悶絶した。
ぱっくり切れた目蓋からドス黒い血が流れ出て、傷口がどこだか分からぬ程だ。
右角は半分に折れていた。
「おめえの手当ては乱暴すぎる!切れたのは目蓋じゃに、目を隠してどうするだ!」
このやりとりを愉快そうに見ていた質札が大笑いした。
「キヒヒヒッ。キヒッキヒッキヒッ。目がないだけに、目が見えぬ、ヒッキキヒッ」
気味の悪い甲声を立てる妖怪は、背が異常に丸く、顔が細長い。
額に貼られた札は、顎下まで伸びていた。
その白い札には、『儲け、質入れ可』と墨汁で書かれている。
質札は、下界でも名高い【賭け妖怪】だ。
妖怪仲間の足を引っ張るのが大好きな、下卑た賭博師である。
「どういう意味じゃ。ちとも、おもしろォないわァ。おお、うらめし。おお、にくし」
小鬼は、ぽっきり折られた角を、そっとさすった。
それから、もう片方も恐々さわった。
無事であるのを確認すると、安堵の溜息を吐いた。
「馬鹿やらかしたのう、蛇籠。なして、お盆の森へ行きなすった?稚児と侮り申したか?赤目守りの妹ぞ?」
古寺に集まったバクチ打ちの中で、最年長が端午の親父、【節句妖怪】だった。
節句妖怪は、げじげじ眉が特徴で、赤い目におちょぼ口だ。
年を取ると、金色の甚平の上に、赤いちゃんちゃんこを着込む。
甚平の背には黒い兜の絵柄が、ちゃんちゃんこには、金の鯉の紋様がある。
「九羽と十羽が黙っておらぬ。承知で行きなすったか?赤目守りは、あちら側。これで、最強カードが、二枚も寝返った。浮雲で、完全無欠の英名馳せる三羽と四羽の上行く、炎の宮家の最強兄弟ぞ?血のごとく赤い羽を持つ苛烈な気性。あの兄弟を、なして怒らせなすった?一族の証、緑羽を持たずして生まれた、母は違って人食い鬼の血ぞ?失うには惜し過ぎた。なして、そげに怒らせなすった?」
指摘をされて、蛇籠は、むっつり顔で、だんまりを決めこんだ。
どうにかこうにか手荒い手当てが終わると、小鬼が礼を言ったので、首なし女は満足げに微笑んだ。
端午の親父の横に座った狸の店主が、嗤笑した。
「あんさんは、泥棒妖術師に賭けたなあもし。おおかた、怖気づいて悔やみおましたじゃろうのし。ほいで、妹ば人質に思うたのし。おおかた、カラスはんに告げ口されたなあもし。いらぬことせえで、黙って待てば良かったのし」
バカにされて、蛇籠は憤慨した。
「アホぬかす。賭けを悔やまぬ博打がおろうか」
「ほやけえ、無敵怪盗にしんしゃい言うたがな。輝龍さまの一番弟子言うたがな。おまえさんは、聞く耳持たん阿呆もん。九羽と十羽は、双子と仲が悪い。ほやけえ、うちらは諦めとったがな。おまえさんが阿呆なせいで、こちらは味方が増えたがな。加勢できるは、五人まで。ええカードが回ったがな」
顔だけ雌鹿の店子が、猫耳をピンと立て、呆れたように口を挟んだ。
店子は、大抵、鶴と亀の縁起物がついた赤い振袖を着ている。
更に今夜は総絞りだった。
質札は、手中のサイコロを十個、足元にじゃらじゃら転がすと、土ならしのトンボのような道具を用いて掻き混ぜた。
「安心せえ。昨晩、爝火が、泥棒妖術師に賭けてった。あやつめ、無敵怪盗に負けよったわい」
「爝火が!?」
皆、仰天して声が揃った。
「ま、まことか?爝火が参加したか?」
蛇籠は、下卑た心が顔にでて緑の目が卑しく光った。そして上擦った声で尋ねた。
「怪盗が、輝龍さまの力をもろとった。知らんで、してやられたんじゃ」
「輝龍さまの!?」
またしても声が揃ったが、『さま』がついていた。
どんなあくどい妖怪も、敬愛の念を抱かずにはいられない輝かしい存在なのだ。
「あやつめ、怒りに燃えて、こう言いよった。『下界の特別ルール【賭け妖怪の大博打】、僕も参加させて貰うよ。負けた方は死ぬんだよね?勝手に賭けられ、勝手に死ぬ。僕は、泥棒妖術師に賭ける。あっちが輝龍で来るんなら、こっちは僕の能力を渡す。無敵怪盗には死んで貰う。あの生意気な小娘を、星空から引きずりおろしてやる』あやつめ、本気じゃわい」
質札は、薄汚れた着物の袂から、赤い采と青い采を取り出した。
それを転がした采に混ぜると、おかしくてたまらないといった様子で、歌の続きを歌い始めた。
「よおーつ、意気地ないのが悔やみ呼び~キヒッ
いつーつ、悔やみが儲け呼ぶ~キヒヒヒッ
むぅーっつ、儲けは質に入いる~キヒッキヒッキヒッ」
歌に合わせて、首なし女が三味線を爪弾き、狸の店主が拍子をとった。
「あー、やいやい。おー、よいよい」
薄暗い古寺の中が、途端に活気づいた。
「輝龍さまが、隠しカードにならねばよいが。如何様に動きなさるかのう」
端午の親父が、御銚子右手に呟いた。




