第9話 大妖怪・爝火《しゃっか》vs. 無敵怪盗 ー輝龍《きりゅう》の記憶を盗んだのかい?ー
「そこまでだよ」
声の主を確認して、ジェラルディンは、あっと息を呑んだ。
音もなく現れた銀髪の妖怪は、泰然と空中に留まっている。
浮遊力は、保持妖怪と同じに優れ、妖術師と違ってマントを必要としない。
四季を通して半袖の白シャツに、銀のデニムだ。
極度の暑がりで、シャツのボタンは全開、留めているのを見た者はない。
整い過ぎる目鼻立ちと、極めて白い肌が相俟って彫刻のように美しい大妖怪、爝火だった。
「その泥棒妖術師を傷つければ、下界の妖術師全員に喧嘩を売ることになるんだよ?そうなったら、どうなるか、賢い君なら分かるだろう?」
青みがかったグレーの瞳は、いつも抜け目なく光って、背は二メートルを超える。
浮雲でも下界でも、どの乙女ゲームでも、彼を知らない者はいない。
「爝火さまが、なぜこちらに?何用でございましょう?」
いぶかしんで尋ねたのは、セーシュだ。
ジェラルディンは、質問に答えず、ただ黙って顔を背そむけた。
「泥棒学会の会長に頼まれてね。そこの泥棒妖術師を連れ戻しに来たんだ」
指差す先には、身を震わす自称お天気泥棒がいた。
「聡い君たちなら、分かるよね?大妖怪の、この僕に刃向かうなんてバカな真似はしないだろう?それじゃあ、連れて帰るね」
爝火が動くより早く、ジェラルディンが動いた。
そして、細い背に、泥棒妖術師を隠した。
「これは、私の獲物。勝手な事を言わないで」
それまで静かに聞いていた無敵怪盗が、急に口を開いたので、爝火は些か驚いた。
「大妖怪だから割り込みが許されるなんて思わないで」
セーシュが慌てて口を挟んだ。
「駄目よ、ジェラルディン。敵う相手じゃない」
「敵うとか敵わないの問題じゃない。獲物を横取りされて引き下がったら、無敵怪盗の名が泣く!」
シルバーピンクの鋭い瞳に映るのは、大妖怪なんていう大層なものじゃない。
ただのトンビだ。獲物を横取りしにきた邪魔者だ。
「へえ、無敵と呼ばれて図に乗っていると、痛い目に合わされるんだよ。そう、僕みたいな悪党にね」
爝火が凄んでも、ジェラルディンは、一歩も引かなかった。
怯えが一切見られないことに、爝火は徐々に苛立ち始めた。
しかし、口元には余裕の笑みをたたえて、ジェラルディンを見据えた。
「見たい番組があるから、早く帰りたいんだ。これ一回で終わらせてあげるよ、無敵の怪盗さん」
爝火が右手を掲げると、掌から飛び出した陣風が、瞬く間に空気中のチリを吸い込んだ。
ボッボンッという爆音が周囲にとどろいて炎が生まれると、それが一気に燃え上がった。
「地獄の炎、うけてみる?」
燃え盛る炎は、タワーを焼き尽くせるほどの大きさで、上へ上へと赤く輝き続ける。
これを見て腰を抜かさなかった妖怪は、片手で数えられるほど。
故に、爝火は、完全に侮っていた。
「どうぞ、お好きに」
ジェラルディンは、ただ静かに炎上を見つめた。
威風堂々と、まるで大妖怪のような貫禄を醸し出し、口元に微笑みさえ浮かべたのだ。
「!!馬鹿な子だね。身の程をわきまえろ!妖怪にもなれない君は、盗人と同じだよ!怪盗に何が出来るんだ!」
苛立ちに任せて、爝火は、炎を投げ付けた。
その瞬間、ジェラルディンが、右手の人差し指をくいっと上向けた。
「馬鹿は、どっち?」
先程よりでかく育った水龍すいりゅうが、掌から空高く躍り出た。
龍の両目は黄金に光って、真っすぐ首を伸ばした。
そして、大口を開けると、瞬く間に地獄の炎を呑み込んで消えた。
「消火完了。怪盗に何が出来る?大妖怪の炎を消せる。大妖怪だと自惚れているのは、あなたの方」
ジェラルディンが、黒い笑みを浮かべて言った。
「!!まさか、その力は!」
爝火が愕然とした瞬時、もう一頭の龍が中指から飛び出して、爝火を襲った。
「くそっ!」
避け切れたと思ったのは間違いだった。更に、もう一頭いたのだ。
慌てて、業火の楔を二つ打ち込んだが、食い破られて消えた。
「嘘だろ、こんなっ、こんな事ができるのは!」
飄々とした態度も、人を食った言い方も、爝火から完全に抜け落ちた。
「気付くのが遅い」
ジェラルディンの口角が上がるにつれて、爝火の唇から血の気が引いていった。
「輝龍の記憶を盗んだのかい?」
爝火は、震える喉を右手で抑えると、何とか普段通りの声を絞り出した。
(こんな小娘相手に、なんてざまだ!)
青ざめた美顔に、自虐的な笑みが広がった。
それを見て、セーシュが嘲笑った。
「ふふふっ、大妖怪さまでも震えるんですねえ?盗んだんじゃありませんよ。くれたんです、輝龍さまが。つまり、この水龍は、ジェラルディンと輝龍さまの合作です」
爝火も、当然知っている事だが、保持妖怪は、盗んだ記憶を保持できる。
更に、その保持した記憶を自己の能力と一体化できるのだ。
目を見開く大妖怪を、シルバーピンクの瞳が射抜いた。
ジェラルディンが左手の中指を、くいっと持ち上げると、四番目の龍が、勢いよく掌から躍り出て爝火の遥か頭上に舞い上がった。
驚愕している大妖怪に狙いを定めると、赤い舌をのぞかせて、一直線に急降下した。
「ははっ、これは強烈だ!手を抜くと本気で殺されるな」
爝火の余裕の仮面は、とっくにはがれていた。
ぎりぎりで生み出した炎も、すぐに呑み込まれた。
ほんの一瞬、ジュッという音がして、呆気なく消えた。
替わりに、ザバーッという水音が、爝火の耳元で聞こえた。
「まあ!水も滴るいい男ですわ」
全身ずぶ濡れになった大妖怪を見て、セーシュが大笑いした。
「残り三頭、いかがなさいます?」
大胆不敵に笑う怪盗を穴があくほど見て、爝火が自虐気味に、ふっと笑った。
「とんだ誤算だ。君を甘くみていた。すっかり思い出したよ。君は、浮雲小学校で首席合格・首席で卒業だったね。かつてない高成績を叩き出した神童だった。そこに、輝龍の妖術も加わったのか。まさに無敵だな」
爝火は両手を挙げると、両目を閉じて負けを認めた。
「完敗だよ、怪盗さん。いや、無敵怪盗ジェラルディン」
爝火が両目を開けた時には、怪盗は消えていた。泥棒妖術師も一緒に。
爝火は、一瞬で全身を乾かすと、ぎりっと歯ぎしりをして口汚く罵った。
「クソ生意気な小娘が!これで終わると思うなよ!」
青みがかったグレーの瞳は怒りに燃えていた。




