第1話 999羽の折り鶴 と、1本の赤いバラ
突風が吹きすさぶ夜――黄金の折り鶴が、999羽、星空に舞い上がった。
出処は、ミンフィユ王国で一番高い “Magical Sky Tower”《マジカル スカイタワー》、 飛ばしたのは、999人の警官だった。
丁寧に折られた折り鶴の内側は、嘆願書になっていた。
執筆したのは、ストロベリーシティの全警官ではなく、年若い警官だけは、最後まで反対し続けた。
「我々シティの警官が、捕縛を諦めるべきではありません!僕は、断固反対です!」
しかし、たった一人の意見など、組織の中では無価値も同然である。
作戦は実行されたが、嘆願書の内容は、実に幼稚だった。
『無敵怪盗ジェラルディンさま
私ども警察本部では、あなた様を捕まえようという気概のある警官は、もう一人もおりません。(あ、一人だけいますが、忘れて下さい)
ストロベリーシティに昇る満月は、いい加減、諦めて下さい。
どうか余所の町へ引っ越して下さい。
心よりお願い申し上げます。
警察本部一同より』
「まあ、なんて子供じみたことを!警察なんて所詮こんなものよ」
シルバー文鳥が、満月の傍で、くすくす笑って言った。
青みがかった美しい羽は、月光に照らされてキラキラ輝いていた。
「警察本部は、いよいよ本気で匙を投げたわね。ほとほと嫌気が差したのよ。随分と雑な御手紙。だけど、折り方は、お上手!この折り紙、虹の魔女さまの魔法がかかってる。どおりで、月の傍まで届く筈よ」
主が開いた折り鶴を覗き込んで、文鳥は面白がった。
満月の夜、それも十二時きっかりに、無敵怪盗ジェラルディンは、ストロベリーシティの星空に出没する。
そして、易々と月を盗むのだ。
大胆不敵で予測不能。絶対無敵の怪盗だ。
夜風も星々も、闇でさえ少女の味方。
盗めないものは何もない。
瞳の色は、シルバーピンク。
腰まで伸びる波打つ髪は、赤みを帯びた銀色で、羽根もないのに、自由自在に空を舞う。
「あら、一人だけいるんですって。あなたを捕まえたい警官が。多分、パーシーね。あの子、絶対、あなたを追って来るわよ」
文鳥は、愉快そうに喋った。
「あなたを捕まえるのは、自分の使命とでも思ってるのよ。勘違い坊やね。ねえ、どうするの。御客様を、お待たせしては申し訳ないわ。ストロベリーシティの満月は、名物で大人気なのに!今夜も『転生食堂』は賑わうわよ」
文鳥が伺うと、ジェラルディンは、物憂げに答えた。
「そうね。でも、お願いされたのですもの。ストロベリーシティの星空は、今夜が見納めよ。正直、嬉しいわ」
そう言って、折り紙を両手で引き裂いた。
ビリリッという不快な音が周囲に響くと、綺麗な銀髪が夜風で揺れた。
「さてと、早く帰りましょ」
破けた折り鶴を放って、ジェラルディンは、満月の真上に舞い降りた。
その時、ゴオオオッと突風が吹いて、ジェラルディンは思わず目を閉じた。
そして、目を開けた瞬間、仰天した。
「なっ、何!?」
赤いバラの花びらが、ジェラルディンを取り囲むように、宙に浮いていたのだ。
予想外の出来事に驚きを隠せなかった主を見て、文鳥のセーシュが、くすりと笑い羽を広げた。
「あれを見て」
「え?」
羽の先を追って、ジェラルディンは、顔をしかめた。
ひょろりと頼りなさげに見える警官が、右手に赤いバラを1本持ち、立っていたのだ。
折り鶴を飛ばした警官たちからは、百メートルほど離れていた。
「おいっ!何を勝手な事をしているっ!!」
中年の警部が、怒り狂ったように拳を振り回して近付く来る前に、パーシーは、宙に浮いた。
「え?」
999人の警官たちは目を見張り、ぽかーんと口を開けたまま棒立ちになった。
呆気に取られたのは、ジェラルディンも同じだった。
「何で………」
ジェラルディンが固まっているうちに、パーシーは満月の傍まで到達した。
「こんばんは、ジェラルディン」
穏やかな笑みを浮かべ、勝手に話し掛けてきた。
「今夜も、上下同じの赤系チェックだね。ミニスカートしか履かないのは、どうしてだろう。僕は、こう見えても紳士だからね。うっかり中を覗いてしまわないように、今まで気をつけていたんだよ。これからも、もちろんそうするけどね。首元のリボンは、ピンク一択だね。偶然見た限りでは、パンツもピンクだったけど。ピンクが好きなの?」
「………何で、あなたが飛べるの?」
ジェラルディンは、ようやく我に返った。
「虹の魔女さまに弟子入りしたんだ」
事も無げに答えられて、ジェラルディンは面食らった。
「一体、何の為に?」
「もちろん、君を捕まえる為だよ」
言われて、ジェラルディンは身構えたが、パーシーは、大きく首を横に振った。
「僕は、君の心を捕まえる事にしたよ」
「何ですって!?」
叫んだのは、セーシュだった。
「あなた、遂に、恋心まで抱いてしまったのね!?」
ジェラルディンが、心底迷惑そうな顔をしたので、パーシーは、再び首を振った。
「違うよ。君が、満月を盗む理由を、虹の魔女さまから聞いたんだ。それで、僕は、星空で君の邪魔をする。盗みは盗みだ。僕は、君から満月を盗み返す」
「何ですって!?」
またもや叫んだのは、セーシュだが、今度はカンカンに怒っていた。
「どうして、そんな思考になるの!?理由を聞いたなら、私たちの邪魔をしないで頂戴!!」
ジェラルディンも、眉を吊り上げて言った。
「私の心を捕まえる?月を盗み返す?千年早い!!」
ジェラルディンは、黒いマントを胸ポケットから、するすると引っ張り出して両端を握った。
そして、ぱっと投げるようにして広げた瞬間、赤いバラが1本、マントの真ん中に突き刺さった。
「!!何を!!」
「ハート泥棒から無敵怪盗へ、バラの挨拶ですよ。今夜は、挨拶だけにしておきましょう。この次の満月の夜は、必ず盗み返しますよ、無敵怪盗ジェラルディン」
わざとらしいウインクを残して、魔女の如く一瞬で消えた。
弟子入りしたというのは、嘘ではないようだ。
「くっ」
ジェラルディンは、悔しくてたまらなかった。
こんなに悔しい思いをしたのは、何年ぶりだろう。
セーシュは、何も言わなかった。
ただ黙って、バラの花を嘴で引き抜くと、憎々し気に放った。
バラは、ほんの一瞬ぱっと赤く燃え上がり、シュッと消えた。
「行きましょう?」
セーシュが、ささやくように言うと、ジェラルディンは無言で頷いた。
夜風が手伝って、月をすっぽり覆い隠した。
辺りに光がなくなると、文鳥と無敵怪盗は消えていた。
しかし、998羽の折り鶴は星空に留まって、輝く星に加わった。
そして、本物の星と同様に瞬いて、哀れな警官たちを見下ろした。
彼らには、伝わるだろうか、次の満月が消えることはないのだと。
星々は告げ知らせるかのように、強く強く煌いた。