第1話 999羽の折り鶴と、バラの花びら
満月の夜十二時きっかりに、無敵怪盗ジェラルディンは、ストロベリーシティの星空に出没する。
大胆不敵で予測不能。夜風も星も、闇さえ味方につける絶対無敵の怪盗だ。
盗めないものは何もない。
瞳の色は、シルバーピンク、腰まで伸びる波打つ髪は、赤みを帯びた銀色で、羽根もないのに、自由自在に空を舞い、易々と満月を盗んで行く。
今夜も夜風が味方して、ジェラルディンに都合よく突風が吹きすさぶ。
毎度の事だが、警官たちは、目を瞑って体を丸め嵐のような突風をやり過ごす。
そうして目を開けた時、星空を見上げると、無敵怪盗は消えている。
警官たちは、隣同士顔を見合わせて「またか」と溜息を吐くのだ。
しかし、今夜の彼らは、一味違った。
ジェラルディンが、満月の真上に舞い降りた時、黄金の折り鶴が999羽、星空に舞い上がった。
「!!折り鶴!?」
ジェラルディンは、目を見張った。
「見て!出処は、“Magical Sky Tower”《マジカル スカイタワー》よ」
ジェラルディンの右肩に乗っているシルバー文鳥が、羽を広げて指差した。
青みがかった美しい羽は、月光に照らされて、キラキラ輝いていた。
折り鶴を飛ばしたのは、999人の警官だった。
満月には遠く及ばないが、虹の魔女が創造したマジカル スカイタワーは、ミンフィユ王国で一番高い。
警官たちは、タワーの屋上から一斉に飛ばしたのだ。
文鳥は、満月まで届いた黄金の折り鶴を一羽、嘴で挟んで主に渡した。
「ありがとう、セーシュ」
ジェラルディンは、受け取って顔をしかめた。
「この折り紙、虹の魔女さまの魔法がかかってる。変だと思った、月まで届くなんて」
「ねえ、開いてみたら?何の理由も無しに飛ばすほど、あの子たちもバカじゃないわよ」
セーシュが、999人の警官を蔑んだ目で見下ろして言った。
「そうね、喧嘩を売られたのかもしれないし。場合によっては、買わなきゃ」
丁寧に折られた折り鶴の内側は、嘆願書になっていた。
「何これ?」
ジェラルディンが、呆れ顔で肩をすくめると、セーシュが、くすくす笑って読み上げた。
『 無敵怪盗ジェラルディンさま
私ども警察本部では、あなた様を捕まえようという気概のある警官は、もう一人もおりません。
ストロベリーシティに昇る満月は、いい加減、諦めて下さい。
どうか余所の町へ引っ越して下さい。
心よりお願い申し上げます。
警察本部一同より
追記 しぶとく諦めない警官は一人だけいますが、数に入れない事とします。 』
「全くもう!なんて子供じみたことを!警察なんて所詮こんなものよ」
読み終えたセーシュは面白がったが、ジェラルディンは、肩透かしを食らった気分だった。
「くだらない」
ジェラルディンが、吐き捨てるように言うと、セーシュも同意して頷いた。
「本当にそう。警察本部は、いよいよ本気で匙を投げたわね。ほとほと嫌気が差したのよ。随分と雑な御手紙。だけど、折り方は、御上手!あら?ねえ、待って。一人だけいるんですって。あなたを捕まえたい無能な警官が。多分、ジェイナンね。あの子、絶対、あなたを追って来るわよ。あなたを捕まえるのは、自分の使命とでも思ってるのよ。勘違い坊や。警官になる前は、名探偵だったと豪語してたわね。あなたを捕まえられない癖に、未だに探偵を気取るだなんて、阿保らしい。所詮は、滑稽な警官の一人に過ぎないのに、馬鹿みたい」
セーシュは、愉快そうに喋ったが、いつになく辛辣だ。
「ねえ、どうするの。お客様を、お待たせしては申し訳ないわ。ストロベリーシティの満月は、名物で大人気なのに!今夜も『転生食堂』は賑わうわよ」
セーシュが伺うと、ジェラルディンは、物憂げに答えた。
「そうね。でも、虹の魔女さまが手を貸した。だから、手を引く。ストロベリーシティの星空は、今夜が見納めよ」
ため息をつくと、ジェラルディンは、折り紙を両手で引き裂いた。
ビリリッという不快な音が周囲に響くと、綺麗な銀髪が夜風で揺れた。
「次の星空を探さなくちゃ」
破いた折り鶴を放った時、ゴオオオッと突風が吹いて、ジェラルディンは目を閉じた。
こんな事は、初めてだった。そして目を開けた瞬間、ジェラルディンは仰天した。
「なっ、何!?」
ジェラルディンは、予想外の出来事に驚きを隠せなかった。赤いバラの花びらが、自分を取り囲んでいたのだ。
セーシュが、くすりと笑って羽を広げた。
「ねえ、あれを見て」
「え?」
羽の先を見て、ジェラルディンは、むっとした。
「ジェイナン!!」
背の高い警官が、右手に赤いバラを1本持ち、立っていたのだ。
折り鶴を飛ばした警官たちからは、百メートルほど離れている。
「相変わらず、顔だけは良いわね。でも、警察向きの顔じゃないわ。モデル向きよ」
セーシュは、毎回、褒めてから貶す。
瞳の色は、青みがかるグレーだが、月光の下では、ゴールドブルーにも見える。
形の良い鼻は高く、おまけに小顔でベビーフェイスだ。
婦人警官に人気があった。
「おいっ!何を勝手な事をしているっ!!」
怒り狂った中年の警部が、拳を振り回して近付く前に、ジェイナンは宙に浮いた。
999人の警官たちは目を見張り、ぽかーんと口を開けたまま棒立ちになった。
「坂下警部、今回は大目に見て下さい」
赤いバラを警部の頭上に落とすと、ジェイナンは、月まで飛んで行った。
「警部!!赤いバラが、先日盗まれたダイヤモンドに!!」
若い警官が、目を丸くして指差すと、警部も慌ててダイヤモンドを凝視した。
窃盗事件は、とっくに解決されていたのだ。
「あいつめ、わざと報告を怠ったな」
苦々しげに呟く警部を、若い警官が、気の毒そうに見遣った。
「泥棒妖術師から奪い返していたんですね。このタイミングで出すとは、ずる賢い奴ですよ」
呆気に取られたのは、ジェラルディンも同じだった。




