9 祝福
「ねぇ、このまま僕の家に寄ってもいい?」
「今から?」
「両親に結婚の報告をしたいんだ」
「もう? 早いな」
「善は急げだ」
ウォルトは囲い込む気満々だった。もう絶対逃がすもんかと、着々と外堀埋めに入る。コリンズ家では突然の訪問にも関わらず、アンナは大歓迎を受けた。
「僕達、結婚することにしたんだ」
「なんと! でかした!」
「さすがはうちの子! 見る目があるわ!」
両親から撫で繰り回されるウォルト。デートのため整えた髪は、いつものボサ髪に戻った。
「三年前、あの両親と縁を切らせてうちの子にしようかって言ってたけど、まさか本当にうちの娘になるなんて。お母さん嬉しい!」
「お父さんも嬉しいぞ! アンナみたいなかわいい娘が欲しかったんだ」
アンナもこんなに喜んでもらえて、泣きそうなほど嬉しかった。
テンションマックスのコリンズ家で久しぶりに夕食をご馳走になり、子供の頃のようにウォルトの母と一緒に後片付けもした。泊まって行くよう勧められたが、明日も朝から仕事だからと魔法塔に帰ることにする。
「僕もアンナを送ってそのまま塔に泊まるよ」
「わかったよ。アンナ、またいつでもおいでね」
「はい、ありがとうございます」
塔までの道程を手を繋いで歩く。大人になってからは初めて繋いだはずなのに、ずっと前からそうしていたかのように思えた。ドキドキするのになんだか落ち着く、そんな矛盾を感じながらも互いの手の温もりに幸せを実感するふたりであった。
塔のアンナの部屋までたどり着くと、離れがたくしばらく手を繋いだままだったが、
「送ってくれてありがとうウォルト。今日はとても嬉しかったわ」
「うん、僕も……」
「じゃあ、おやすみ」
と、手を離そうとするアンナに、ウォルトはグッと握り返した。
「ウォルト?」
「僕、今夜はここに泊まる」
「ふえっ?」
「朝まで一緒にいたいんだ。ダメ?」
眼鏡越しにダークブラウンの瞳をうるうるさせている。
「うぐっ」
クッソかわいいかよ! アンナはもう陥落寸前。
「今夜このまま離れるなんて無理だ。せっかく想いが通じ合ったのに。アンナは嫌?」
肩を抱きしめ、アンナの頭にグリグリと頬を擦り付ける。眼鏡もカチャカチャ鳴っている。
「ウォルトずるい……」
「ん? なにが?」
ウォルトはとってもいい笑顔だ。
「今夜だけだからねっ!」
「うん、アンナ大好き……」
アンナの顔中にチュッチュと口付けながら、そっと肩を押し部屋の中へふたりは消えた――
◇◇◇◇
翌朝、丸めたシーツを持ったアンナは、コソコソと洗濯室の方へ向かう。
(誰にも見つからないよう、早く洗濯しなくちゃ)ゴシゴシとシーツを洗い始めた時、
「おはようアンナ、早いじゃない」
ブレンダが出勤してきてしまった。ビクッと肩を震わせ、ギギギとぎこちなく振り返ったアンナは、
「お、おはようございます! ブレンダさん」
明らかに挙動不審であった。ブレンダはアンナの背後から覗き込み、手元のシーツにチラリと目をやると、
「おやおやおやおや〜? お湯は使わない方がいいよ、血が固まっちまうからね。石けんはこれがよく取れるよ」
何かを察してニマニマしながらも、洗濯メイドらしいアドバイスをする。
「デートは上手くいったみたいじゃないか。あぁ、しばらくは髪型も変えた方がいいね。フフッ若いっていいねぇ」
トントンとうなじを指すとニヤリと笑った。アンナは耳まで真っ赤になり、泡だらけの手でうなじを隠そうとし泡に気付いてワタワタした。
午後の休憩時間になると、クララとブレンダの尋問が始まった。両手には紅茶のカップとお土産のクッキーを持って。
「で、どうだったんだい?」
「広場の市をブラブラしてー、お昼を食べてー、教会の所で休憩してー」
「は・や・く! そこは端折っていい」
「と言いますと?」
「ああん、もうじれったいね! 告白されたんだろ?」
ふたりは身を乗り出し目をギラギラさせる。
「はい、結婚してほしいって」
「くぁーーー! いきなりそこに飛んだのかい!」
「フゥ~ウォルトさんもなかなかやるじゃないの」
こんなに興奮するふたりは珍しい。
「それでそれで? お泊りしたんだね?」
「う、えっと、はい……」
「キャー! あんな『性欲なんかありません』って顔して、こんなに手が早いとは」
「男はみんなケダモノだよ」
ふたりの勢いは止まらない。アンナは顔を真っ赤にして、口を金魚のようにぱくぱくさせるしかなかった。
「さっき、ランチの時のウォルトさんを見たかい? 好き好きオーラがダダ漏れだったよ」
「好き好きオーラ……」
「あんな溶けそうな顔見たことないよ。ふたりでおそろいの青い髪飾りなんてつけちゃって」
「んもうラブラブだねぇ。おめでとう、アンナ」
「なんだか盛り上がってるね、お邪魔してもいいかい?」
「「「クラーク師長!」」」
「どうぞどうぞ」
突然訪ねてきた師長にも、お茶をとクッキーを勧める。
「ところでアンナさん、コリンズ君と結婚するんだって?」
「なんでそれをっ」
「今朝コリンズ君から報告があってね。おめでとう」
「あ、ありがとう、ございます?」
「それで話というのは仕事のことなんだ。ご存知の通り、ここ魔法塔のメイドはなかなか続かないだろう? だから結婚してもここで働いてくれないかと思って」
「あいつやりおるな」
「ガッツガツと外堀埋めてやがる」
クララとブレンダがコソコソと話す。
「もちろんです。私で良ければ続けさせてください」
「あー良かったよ。君はメイドの仕事だけでなく、今や魔道具のアドバイザーとしても欠くことができない人材だからね」
「そんな、言い過ぎですよ」
「いや本当さ。君が考えた魔道具のおかげで地域の経済が大きく回った。それにコインランドリーは今やただの洗濯屋ではなく、地域の人が集う場としても大きく貢献している。色んな所から魔法塔は感謝されているんだよ」
「そうだよ、私らだって前より仕事に余裕ができて、楽しく働けるようになったんだ」
「本当にありがとうね、これからもよろしく頼むよアンナ」
アンナは鼻がツーンとした。だがそれを堪えて笑顔を作る。
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
「あ、そうそう。君達の結婚式の後、塔の食堂でお祝いのパーティでもしない? ほら、ここの魔法師達って引きこもりの人見知りだろう? 基本的に他人に興味がないんだけど、アンナさんにはお世話になっているからね。研究室の片付けとか。こたつも気にいってるし、あまり口に出しては言わないけど感謝はしているんだよ。これも良い機会だ。引きこもり達でも、パーティに美味しいものがあれば、部屋から出てくるだろう」
師長にかかれば、エリートの魔法師達も餌に釣られる珍獣扱いである。
「いいねー賛成! 美味しいものを沢山作るからね」
「私も、飾り付け張り切っちゃうよ」
「みなさん……本当にありがとう」
◇◇◇◇
その夜、アンナの部屋にはまたもウォルトがいた。
「ちょっと、なんでもうクラーク師長にまで結婚の話が伝わってるのよ!」
「え? 駄目だった? 仕事とか住むところとか色々影響があるし、早い方がいいかなって」
キョトンとした顔でウォルトが言う。
「王宮職員の家族用官舎に空きがないかと聞いてみたんだ。アンナも通勤は近い方がいいよね?」
「たしかにそうだけども!」
「あ、ちなみに空いてたから一部屋押さえたよ」
「展開が早すぎてついてけない〜」
もちろん、ウォルトは確信犯である。絶対に逃がす気はない。
「今日も僕ここで寝る」
「昨日だけって約束したぁ!」
「どうしても、ダメ?」
結局、アンナはこのダークブラウンの瞳に弱いのであった。