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8 デート

「あれっ? これってデートなのかな」


魔法塔に帰ってから、いつもの廊下掃除をしながら考え込むアンナ。


「誰とデートに行くんだい?」


ニマニマしたクララがいた。


「やだ、口に出てました?」

「しっかり出てたよ。デートって」

「なんだいなんだい、楽しそうな話をしてるじゃないの」


ブレンダも乱入してくる。


「ちょっ、ここじゃ」

「じゃあ、こっちにおいで」


そのままふたりに両側から腕を組まれ、ズルズルと食堂のキッチンに連行された。


「ほれ、芋の皮でも剥きながら聞こうか」


芋と包丁をサッと手渡される。


「で、相手は誰だい?」

「私が当てようか……ウォルトさんだろ」

「うっ!」

「ほら当たりだ」


完全にふたりの玩具である。お喋りしながらも手が止まらないのはさすがだ。


「見てりゃわかるよ。最近ウォルトさんの視線が甘ったるいもの」

「うんうん、アンナも赤くなっちゃって満更でもなさそうだしね」

「な、なにを」

「まあまあ、いいじゃないか。で、どこに行くの」

「街にちょっと……」

「街歩きか、いいね。手なんか繋いじゃったりしてさ」

「くぅ〜甘酸っぱい幼馴染との恋。キュンキュンするねぇ!」


ふたりで勝手に盛り上がっている。いくつになっても恋バナは楽しいのだ。


「あっ、あんた服は? 何着てくつもり?」

「へっ? 服なんて最近買ってないから、紺のワンピースか深緑のスカートですかね」


アンナは実家の借金を返すために、パン屋で働いていた頃から節制をしていた。新しい服など買う余裕はなかった。魔法塔に入ってからも昼間はお仕着せのメイド服を着ていたし、ラフな部屋着と寝間着があればどうにかなった。お給料は自分で使えるようになったが、大して出掛けないため新しい服など買う機会がなかったのだ。


「それも悪かないけど、初めてのデートにしちゃ地味かもねぇ」

「そうだ、嫁に行ったうちの娘が若い頃の服を置いていったんだよ。流行り廃りのないワンピースとかあったはずだから、明日持ってくるよ」


と、クララが言う。


「でもそんな、私なんかには勿体無いですよ」

「何が勿体無いもんか。タンスの肥やしの方がよっぽど勿体ないわ」

「そうだよ、遠慮なくもらっときな。せっかくのデートだ、おめかしして行きなよ」

「では、お言葉に甘えて……」



翌日、クララは三枚もワンピースを持ってきてくれた。休憩室でふたりの着せ替え人形になったアンナは、最終的に『これがいいね』と淡いパステルブルーのワンピースに決められた。


「残りの二枚もかわいかったよ。ぜひもらってちょうだいな」

「私も、リップクリームやら髪に付ける香油やら化粧水なんかを試供品で貰ってさ。まだ開けてないからアンナにあげる」

「おふたりとも、こんなに沢山ありがとうございます」


アンナは、お母さんがいたらこんな感じなのかなとホワッと胸が温かくなった。




◇◇◇◇


デート当日、アンナはパステルブルーのワンピースを身にまとい、髪に香油を付けて薄化粧をした。いつも仕事中は一本の三つ編みにして後ろに垂らしているが、香油を付けてサラサラになった金髪をハーフアップにした。


待ち合わせ場所の王宮職員通用門へ行くと、壁に背をもたせ掛けてウォルトが待っていた。いつもはヨレっとしたシャツに王宮魔法師のローブを着ているが、今日はこざっぱりとした白いシャツに黒いトラウザーズ、濃いグレーのベストを着ていた。いつもは無造作に束ねている黒髪も、今日は心なしか整っている。


アンナの姿を見つけると、小走りで駆け寄る。


「おはよう、アンナ」

「おはよう、ウォルト」


眩しそうな目で見たウォルトが朝から飛ばす。


「その服とっても似合ってるね。かわいい」

「あ、あなたも素敵よ」

「ありがとう、じゃあ行こうか」


なんだか恥ずかしくて顔を上げられないアンナ。

こんなことポンポン言う人だったかなぁ? と思い返す。


「どこか見たいところはある?」

「最近全然買い物とか来てなかったから、あまりお店に詳しくないの」

「僕もだ。家と塔の往復しかしないから」


とウォルトが苦笑する。


「今日は市が立つ日なんだ。広場の方に行ってみる?」

「いいわね、そうしようか」


広場には沢山の屋台が建っていた。果物や野菜を並べた店、甘いパンの並んだ店、かわいい雑貨の店、ハムやソーセージの店、何に使うかわからないお面やガラクタが並んだ店、美味しそうな匂いのする食べ物の屋台などなど……それらをふたりで冷やかして歩く。


「ね、はぐれちゃうといけないから手を繋いでもいい?」


ウォルトが手を差し出す。


「う、うん」


アンナはもじもじと手を繋いだ。クララ達の予言が当たり、なんだか面映ゆい。

お昼は屋台で色々と買ってベンチでシェアして食べた。あれこれ少しずつつまむのが楽しいのだ。食べ終えた後、また当然のように手を繋がれた。


あるアクセサリーの店を見ていると、綺麗な青い石の付いた髪飾りが目につく。


「それいいね。アンナに似合いそう、ほら」

「ホント?」

「うん、僕が買ってあげる」

「えっ、いいの?」

「アンナの瞳の色に似てる。この綺麗な髪にもピッタリだ」


そう言うとサッとお金を支払い、アンナの髪にそっと着けた。


「こんな素敵な髪飾り、ありがとう」

「どういたしまして」


ウォルトはにっこり笑った。


「私もなにかプレゼントしたいわ」

「嬉しいな、じゃあアンナが選んでよ」

「う〜ん、イヤリングとかブレスレットはなんか違うし……あっ、髪紐は?」

「うん、毎日使えるしそれがいいな」

「色もいっぱいあって迷うね、どれが好き?」

「アンナとおそろいがいい」

「お、おぅ、じゃあ青?」


なんだこのバカップルみたいな会話は!とアンナは心で突っ込む。

お金を支払い、少ししゃがんだウォルトの髪を青い髪紐で結んだ。


「ありがとうアンナ」

「どういたしまして」


ウォルトはとろけるような笑顔だった。

一通りお店を見て、クララとブレンダのお土産にクッキーを買った。そのまま広場を抜けると、こじんまりとしたかわいらしい教会の前に出る。ふたりは教会の前庭にあるベンチに腰掛けた。


「ね、ここ懐かしいね」

「そうだね、いつも僕がいたところだ」


ウォルトは苦笑いする。


「いじめっ子に会うとここに逃げ込んでたんだ」

「そして私が迎えに来るまでがセットよね」


アンナはクスリと笑う。


「教会の敷地内で悪い事をすると、牧師様に叱られるからね。あいつらも寄ってこなかった」

「なるほど」

「でも僕はそう嫌な思い出でもないんだ。アンナが来てくれてたから」

「そうかぁ、それなら良かったよ」


ふたりは手を繋いだまま、子供の頃を思い出しつつしばらくぼんやりした。



「あのね、アンナ。この間言ってた話だけど」

「ん? どの話?」

「将来のために貯金がどうとか、老後がどうとかってやつ」

「あぁそれ! うん」

「僕は王宮魔法師だからそこそこ収入はいいんだ」

「エリートだもんね」

「あと、就職してからもずっと研究室に引きこもってたから、ほとんどそのまま貯金されてる」

「うん? うん」

「最近の魔道具開発で臨時収入もあった。だからね、老後も大丈夫だと思う」

「そうだね?」

「だから、もしアンナが嫌じゃなければ――僕と結婚してほしい」


アンナはポカンとした。いきなりの求婚に頭がついていかない。


「やっぱり僕じゃ頼りない? 駄目かな……」

「頼りなくないよ! そんなことない」

「本当?」

「うん、本当」

「ずっと子供の頃からアンナが好きなんだ。アンナは?」

「うぅ……す、好き、です」

「嬉しい!」


ガバリとウォルトが抱きしめる。


「あの、本当に私でいいの? 親はあんなだし、前世の記憶持ちの変な子だし」

「アンナはアンナだ。僕は君じゃなきゃ駄目なんだ。知ってるだろ? アンナ以外に人見知りなの」

「そうだった」


と、クスクス笑う。


「君以外は考えられないんだ。大好きだよ」


そう言うと、ウォルトはおでこをコツンと合わせた。眼鏡もコツンと当たる。


「ねぇアンナ、キスしてもいい?」

「う、あ、そんなこといちいち聞かないで」


ウォルトは赤く染まったアンナの頬に手を添えると、そっと唇に口付けた。

ふたりは顔を合わせてクスクスと笑いあった。


「よろしくお願いします」

「本当に嬉しい、ありがとう。大事にするからね」

「私も大事にするわ」


こうして、幼馴染のふたりは結婚を約束した恋人になった。

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