4 電子レンジがほしい
アンナが研究室のドアをバンッと開け放つ。
「ねぇウォルト、電子レンジ作れる?」
肩をビクッと震わせたウォルトは既視感を覚えた――
その日クララは週に一度のお休みのため、食事の用意はアンナとブレンダで協力して担当していた。自分が担当する仕事もこなしつつなので、結構忙しい。
メニューは大体パンと、メイン一品と野菜料理の付け合せ一、ニ品。それにスープ類が一品だ。カレーやオムライスなど(もちろんアンナが持ち込んだメニュー)の時は品数も変動する。
野菜やお肉などの食材は、ほぼ前世と同じものがあって助かっている。近隣の国には味噌や醤油に似た調味料もあって、比較的輸入品も手に入りやすい。寒い日には、豚汁など人気のメニューだ。
今日のメニューは、豚肉のソテーオニオン醤油ソース掛けと温野菜サラダ、野菜とキノコのミルクスープだ。パンは前日にクララが生地を捏ねて魔道具の冷蔵庫に入れてくれているので、あとは焼くだけの状態になっている。
食堂が開く時間までに、ふたりで手早く料理を作る。サラダの野菜を茹で、スープを作り、パンを焼く。冷めると美味しくないので、お肉は時間ギリギリに焼いた。
……が、誰も来やがらねぇ。
せっかく温かい内に出せるようにと焼いたお肉も段々と冷めていく。魔法師とは本来、気まぐれな猫のような人達なのだ。時間をきっちり守る人の方が珍しいと言える。
「よし、行ってくるか」
「アンナ、頼んだよ」
アンナはフライパンとお玉を持つと、研究室が並ぶ階まで急いだ。
ガンガンガンガンガン
お玉でフライパンを叩き叫んだ。
「あと二十分で食堂が終わる時間ですよ!」
そしてまた食堂まで引き返す。すると、のそのそと研究室から出てきたこたつむり達が(もちろん外でこたつは背負っていないが)、食堂に現れ始める。
スープは弱火にかけたままなので温かいが、お肉はすっかり冷めている。冷めて固くなった豚肉じゃなく美味しい状態で食べてもらいたいので、フライパンで軽く温め直す。これが結構大変で、一度にゾロゾロと来てしまったので、コンロとフライパンを総動員することになった。
「ハァ……さすがに疲れたね」
「本当に大変でしたね。電子レンジがあればいいのに……」
「デンシレンジがなんだかわからないが、また便利な魔道具かい?」
「こういう箱の中に料理を皿ごと入れてスイッチを押すと、自動で温めてくれる道具です」
両手で箱型を作りながら説明するアンナ。
「行っといで」
「ハイィーー!」
そして冒頭のセリフに戻る。
「ねぇウォルト、電子レンジ作れる?」
◇◇◇◇
「今度は料理を温める箱か……ふむ」
「そう、日本では大体どこの家にもあるごく一般的な道具だよ。すぐに火が通るから時短料理なんかも出来て便利なんだ。冷凍肉の解凍とかも出来るし。あとはオーブンも一体型になってる物も多かった」
「凄いね、なんでそんなにニホンの人は便利な道具を思い付くんだい?」
「魔法がない世界だからね、その分科学が凄く発展してたよ。研究者、技術者サマサマだよねぇ。とりあえず、レンジは温める機能だけ付いていれば充分だな。出来そう?」
「あぁ、考えてみるよ。この絵みたいに扉はガラスになってて、中が見えるようにすればいいんだね?」
「うん! ウォルトありがとう」
「いや、僕は研究バカでこんな事くらいしか取り柄がないから」
「そんなことない!」
アンナは即座に否定した。
「ウォルトは昔からとっても優しいし、頭だって凄くいい。魔力量だって誰にも負けないくらい多いし、立派な王宮の魔法師様になったじゃない! 背だってこんなに高いし、顔もよく見るとかわい……」
アンナはそう捲し立てながら、思わずウォルトの頬に触れた。
「っあ、ごめん!」
「い、いや」
ふたりはジワジワと顔が赤くなっていった。
「ン゛ン、とにかく! あなたは素敵な人だから自信を持って」
「あ、ありがとう」
なんだかこの部屋だけホワホワと暖かい空気になった気がした。
おかしい、胸がドキドキする。なんであんなこと言っちゃったんだろう、恥ずかしい!
研究室から出たアンナは両手で顔を覆って悶えるが、耳まで真っ赤になっていた。
◇◇◇◇
それからまた十日ほど経ったある日の午後、食堂のキッチンにはウォルト、アンナ、クララ、ブレンダの四人が集まった。目の前には大きな金属の箱が置いてある。
「なんだいこれは」
先日お休みだったクララが、怪訝そうな顔をして訊ねる。
「これは魔力レンジと言って、食べ物を温める便利な道具です。早速やってみましょう」
ウォルトが言うと、昼の残り物であるすっかり冷めたマカロニグラタンを箱に入れスイッチを押す。ウィーンと音がして起動したようだ。
「おぉーちゃんと電子レンジみたい」
「こんなんで合ってる?」
「うん、こんな感じだった」
ピーピーと音がなり、温めが終了したことを知らせる。
「お腹すいちゃったーごめん何か残ってない?」
ひょっこり現れたのは、またもクラーク師長。
「ちょうどよかった、グラタンがありますよ」
「いただくよ。って、その箱なに?」
「魔力レンジです。冷めたお料理を温める道具です」
「ちょっと見せて! わ、本当に熱々。これ出来立てじゃないの?」
「昼の残り物です」
クラーク師長がワーワーと騒ぎながら、魔力レンジの中やら裏やらを覗いている。
「これもコリンズ君が?」
「はい、アンナのアイデアですが」
「いいねーこれ。食堂の時間を逃しても温かい料理にありつけるじゃない」
「いや、時間内にきてくださいよ」
すかさずクララが突っ込む。
「費用はどれくらい?」
「結構掛かりますね。商品化となるとかなり高価になるでしょう」
「うーん、やっぱりそうか。売り出すのは難しいかな」
「庶民には高価すぎるし、プロの料理人は出来立てを出すというこだわりがあるでしょうしね」
「そうかー、凄くいいものなんだけど残念だな」
「いいんです、これはアンナのために作った物なので」
「おやおや?」
クララ、ブレンダ、クラーク師長がニマニマした顔でアンナを見る。
「な、なんですか!師長、温かいうちに早く食べてください!」
赤くなって慌てるアンナを生温かく見守る。
「まあ、私も助かるしありがたく使わせてもらうよ。ありがとねウォルトさん」
「いえ、お役に立ててよかったです」
そうクララに答えるウォルトは、なんだか少し逞しくなったように見えた。