3 こたつむり
「アンナ、ちょっと研究室まで来てくれないか?」
アンナがこたつの話をしてから一週間後のことだった。
「試作品が出来たんだ。こんなので合ってる?」
ウォルトの研究室に入ると、部屋の真ん中にドーンとこたつが置かれていた。こたつに占領されていると言ってもいい。いつもの散らかった床の本や紙類は部屋の隅に追いやられている。
脚を半分ほどの高さに切られたテーブルは天板だけを取り外したりは出来ないので、布団の上には別の板が乗せられていた。布団は仮眠室から持ってきたのかサイズは少し足りていなかったが、それでもちゃんとこたつになっていた。
「これよこれ!こたつ懐かしい……」
早速靴を脱いでこたつに入るアンナ。中はすでに暖まっていた。
「あったかい……これどうやって暖めてるの?」
「魔石を使った単純な仕組みだ。ここのつまみを回すと温度も変えられるよ」
「下もあったかい……ホットカーペットも作ってくれたんだ」
「こっちも仕組みは同じ。魔石で動くようにしてる」
「ウォルト天才か!」
「いやそんな大した仕組みでもな――」
「いやいやいや、魔力がほとんどない私じゃ作れないもの。やっぱりウォルトは凄いよ! 本当にありがとう」
両手を取られキラキラした青い目でお礼を言われたウォルトの顔は、ほんのり赤く染まっていた。
「アンナのためなら何でもするよ」
「へっ? 何か言った?」
「ううん、何でもない。気に入ってくれてよかった」
照れて目を逸らしながらはにかむウォルトを見て、かわいいかよ!と心で悶えるアンナであった。
「ねぇこれ、メイドの休憩室に持って行ってもいいかな?」
「うん、アンナの好きにしていいよ」
そう言うとホットカーペットと布団をまとめてこたつの上に乗せ、よいしょと言いながらウォルトは持ち上げた。
「ちょっちょっと、大丈夫? 重たくない? 私も持つよ」
「僕だってこう見えても男だよ。大丈夫だから、アンナはドアを開けてくれる?」
「わ、わかった」
アンナはちょっぴり驚いていた。あの小さくてヒョロヒョロだったウォルトが、軽々とこたつを持ち上げている。確かに背は伸びたけど……アンナの頭2つ分ほど身長が高くなったウォルトは、よく見ると体つきも大人の男性らしくしっかりしていた。
塔に引きこもりで色が白いせいか気付かなかったが、いつの間にこんなに成長してたんだろうとアンナはウォルトがいつもより眩しく見えた。
◇◇◇◇
「アンナこれ最高……」
「私ももう出られないよ」
休憩室にこたつを設置すると、クララもブレンダもこたつの虜になった。丈が少し足りていなかった布団の上には、ブレンダが趣味で作ったパッチワークのカバーを掛けてくれたので隙間もなくなり中の熱も逃げなくなった。お尻もホットカーペットでぬくぬくだ。
「おーい、誰かいる?小腹が空いちゃって」
休憩室をひょっこり覗いたのはクラーク魔法師長。昼と夜は食堂が開いているが、時間にも無頓着な魔法師達は開いている時間内に食事を取りそこねて、『何かない?』と訪ねて来ることもしばしば。
「えっ、みんなどうしたの? そんな地べたに座り込んで」
「あらクラーク師長、地べたじゃないですよ。まあ騙されたと思って入ってみてくださいよ」
「あ、土足厳禁です。靴は脱いでください」
「なんだかよくわからんが、お邪魔します」
クラーク師長が靴を脱いで恐る恐るカーペットに立つと、
「わっ、あったかい!」
と驚いた声を上げた。
「でしょう? ささ、ずいっと中までどうぞ」
「うわっ、何これ何これ!」
「ふふん、どうですか? これはこたつというものです」
ドヤ顔で決めるクララ。
「あんたが作ったんじゃないだろ」
ブレンダのツッコミも冴え渡る。
「これはいい。最初なんで床に座ってんのかと思ったけど、これはいい」
感動で同じ事しか言わなくなったクラーク師長。
「師長、お腹空いてるんでしょ? 余り物で良ければ用意しましょうか」
「ありがとう助かるよ。出来れば食堂じゃなくてここで食べてもいい?」
「はい、じゃあすぐにお持ちしますね」
アンナが持ってきた昼の残りの野菜たっぷりスープと、ソーセージを挟んだだけのホットドッグを、こたつに入ったクラーク師長は満足げに食べ終えた。
「デザートにみかんはいかがですか?」
かごに盛ったみかんを勧める。
「なんだろう……初めてなのにこたつでみかんがしっくりくる」
「でしょう? こたつにみかんは付き物です」
「私らもやみつきですよ。いやぁ良いものを作ってもらったよ」
「そういや、これどうしたの?」
とクラーク師長。
「私が妄想したものを、ウォルトに作ってもらいました」
「なるほど、コリンズ君か」
「さすがは魔法師様ですよねぇ、こんなものパパッと作れちゃうなんて」
「ちょっと失礼、中の仕組みを覗いても?」
どうぞどうぞと足を抜き、クラーク師長へ場所を譲る。
「ほうほう、割と単純な作りだ。でも発想が素晴らしい、是非これは商品化しましょう」
「それはいいですね! 私も家に一台欲しいと思ってたんだ」
「私も欲しいよ。旦那が喜びそうだ」
クララとブレンダも同意する。
「じゃあ早速相談しよう。アンナさん、コリンズ君の所へ一緒に来てくれるかな」
「へっ?は、はい」
あれよあれよと話が進み、先ずは城下町の家具屋にテーブルを相談。こたつを暖める魔法式は魔法塔で特許を取り、魔石に組み込む。寝具屋にもこたつ専用布団を発注することになった。
「報酬の話だが、一台売れるごとに材料費と職人の手間賃を抜いた利益から、発案者のアンナさんに1割、魔法式を形にしたコリンズ君に1割、残りは魔法塔の研究費用に入れたい。ふたりとも、どうかな?」
「はい、僕はそれでかまいません」
「私も大丈夫です」
魔法塔では、魔道具を開発することも仕事の一つだ。こうやって開発した者に報酬が入ることも研究の励みになる。
アンナは心の中でガッツポーズを決めた。臨時収入だ! 親の借金はもう返さなくていいが、幼い頃からお金で苦労したからこそ、老後のために稼げる時にがっつり貯め込んでやろうと心に決めていた。
◇◇◇◇
こたつは発売されるやいなや、大ヒットした。家具屋も寝具屋も大忙しで嬉しい悲鳴だ。さらには、床でこたつ生活が出来るようにリビングで靴を脱ぐ仕様にリフォームする家も出てきた。大工さんにも仕事が回り、冬場の仕事が少ない時期にありがたいと魔法塔は随分感謝された。
第二弾としてホットカーペットも発売する予定だ。きっと敷物屋も忙しくなることだろう。
そして魔法塔ではこたつむりが大量発生した。なんせ引きこもりが大好きな研究者の集団だ。
アンナは『こたつで寝るのは禁止! 風邪を引く!』と注意書きを貼って回る羽目になった。