2 家電が欲しい/ウォルトの生い立ち
ある日のこと、休憩室でクララとブレンダと共にクッキーを齧りながらお茶を飲んでいた。
「この塔は古いだけあって底冷えするわよね」
ブルッと震えてブレンダがこぼす。断熱材などない石造りの建物だ。冬は下から冷えて暖炉があってもポカポカとまではいかない。
「確かに。肉布団を着てる私でも寒いんだから、あんた達はもっと辛いわよね」
と、ぽっちゃりした体を揺らすのはクララ。
「あーこたつがあればな」
アンナはぽろりと呟いていた。
そう、こたつ――日本の冬には欠かせない暖房器具。前世では実家でも一人暮らしのアパートでも使っていた。あるかないかでは大いに違うのである。こたつがあるだけで、なぜだか心まで温まる気がするのだ。
「アンナ、なんだいそのコタツって」
「あ、えっと、ただの妄想なんですけどね。こうテーブルに布団をかけて中を温めると良さそうだなと思って」
「ふんふん、なるほど」
「テーブルの脚も短くして、下にも布団を敷いてね。足を入れてぬくぬくゴロゴロしたら気持ちいいだろうなと」
「それいいじゃないか」
「でしょう? あーなんでないんだろ」
ブレンダがパンッと手を叩く。
「無いなら作ればいいじゃないか。ここをどこだと思ってるんだい?」
「そうだね! 魔法師様に作ってもらえばいいんだ」
「それだ! ブレンダさんクララさん、ちょっとウォルトの所に行ってきます!」
◇◇◇◇
バンッと勢いよくドアが開き、アンナが飛び込んできた。
ビクッと肩を震わせたのはその部屋の主、ウォルトである。
「ねぇウォルト、家電作れる?」
「カデン? なんだいそれ」
「家で使える便利な道具のことよ!」
「もしかして、ニホンの道具のことかい?」
アンナは前世の話をウォルトにしかしなくなっていた。話したところで誰も理解出来ず、変な子扱いをされてしまうからだ。
「そう! 日本の道具なの。でね、こたつがほしいの」
「コタツ……いちから説明してくれるかい?」
「えっとね、まず脚の短いテーブルがあってね」
アンナは紙にこたつの絵を書きながら説明をした。みかんの絵付きである。
「要するに暖房器具ってことでいいかな?」
「そう!」
「暖炉とかじゃなくてこれがいいの?」
「暖炉も備え付けてあるけどさ、足が寒いのよ。あ、ホットカーペットもほしい」
「なんかまた新しい物が出てきた」
「温かいカーペットよ。日本は家の中では靴を脱いで床に直接座って生活する文化なの」
「なるほど?」
「温かいカーペットとこたつを置いて、床でゴロゴロするのが最高なんだからぁ」
アンナは想像してうっとりする。
顎に手を当てブツブツと呟いたウォルトは、
「うん、作りは単純だしすぐに出来ると思うよ」
「ホント?」
「ちょっとテーブルの脚は切らないといけないけどね」
「床に座る用のテーブルなんてないもんね」
「まぁ試しに一つ作ってみるよ。上手く行けば家具屋さんに頼めばいいし」
「ありがとウォルト! 楽しみにしてるね」
◇◇◇◇
ウォルト・コリンズは21歳、王宮の魔法塔に所属する魔法師だ。王宮からほど近い街で堅実な両親の元育った。人見知りで引っ込み思案な性格のためあまり人と打ち解けられなかったが、隣の家に住むアンナはそんなウォルトを受け入れてくれる数少ない友人だった。
肩まで伸ばした真っ黒な髪を無造作に一つに括り、ヒョロヒョロとしてさえない黒縁眼鏡をかけたウォルトは、町内の子供たちからからかいの対象になりがちだった。それをいつも小さな体で庇ってくれたのはアンナだ。
「あんた達! イジメなんて格好悪いわよ!」
金色の髪を揺らし、腰に手を当てイジメっ子達を一喝する姿は頼もしく格好良かった。その頃からだ、ウォルトはアンナにほのかな恋心を持ち始めていた。
アンナの家はいい加減な両親のせいで、豪華な食事を食べに行ったかと思えばパンも買えない日もあるなど不安定な生活をしていた。そんなアンナの事を不憫に思っていたウォルトの母は、アンナを家に呼んでは食事を食べさせていた。
アンナは年の割に大人びた子だったので、食事の後にはウォルトの母の手伝いをするなど気遣いを見せた。
コリンズ家の人達はそんなアンナをとてもかわいがった。お互い一人っ子だったこともあり、ふたりは姉弟のように育っていった。あんな両親の元でも道を踏み外さなかったのはコリンズ家のお陰も大いにあっただろう。
アンナは時々不思議な話をしてくれた。ここではない違う世界の話。ただの妄想にしてはやけにリアルで、ウォルトはいつもワクワクして聴いたものだ。
大きくなるにつれアンナはあれは前世の話だと言い出したが、ウォルトはあっさり信じた。そして前世の記憶持ちだということは、二人の秘密となっていった。
学園在学中の十七歳の時、魔法塔の魔法師長からスカウトが来た。引きこもって好きなだけ魔法の研究をしてもいいなんて、願ってもないことだと二つ返事で受け、十八歳で卒業後すぐに魔法師になった。家から歩いて通える距離ではあったが、研究に没頭するあまり帰るのを忘れる事も多々あった。
そんなある日のこと、母からすぐに帰ってくるよう連絡があった。慌てて家に帰ると母から、とうとう隣のパーカー家が破産しそうだと告げられた。しかも家を売るだけでは間に合わず、アンナまで売られそうになっていると。
「好き勝手に生きてきたくせに、首が回らなくなったら娘まで犠牲にするのか!」
と母は怒り心頭だった。
「あんないい子を娼館に売るなんてとんでもない! それでね、お父さんとも相談したんだけどあんな親とは縁を切らせてうちの娘に迎えようかと。あんたはどうだい?」
「僕に考えがある。ちょっとその話は待ってくれないか」
と、頭をフル回転させながら隣のアンナを訪ねた。
そしてアンナを魔法塔のメイドに誘い、その日のうちに家から連れ出した。魔法塔は万年人手不足だ。すぐにアンナが就職する話はまとまった。
同じ王宮敷地内の役所で親との縁を切る手続きを取る。王宮魔法師のウォルトが保証人となり、成人していたこともありあっさり書類は通った。これでアンナと両親は赤の他人だ。勝手に娼館へ売ることもできなくなる。
その足で貸金業者の元へ行き、娘は籍を抜いたから借金を返済する義務はなくなったと告げる。
ついでに辺境にある鉱山の紹介状も渡しておいた。そこは質のいい魔石が採れる鉱山で、魔法塔とも縁がある。業者は両親をそこで働かせて返済させると請け負ってくれた。
借金からも、いい加減な親からも物理的に離すことに成功したのだ。
そこまでをたったの一日でこなしたウォルトは、母に報告すると
「よくやった!さすがはうちの子!」
と母から撫で繰り回されたのであった。
「――僕の大事なアンナを娼館になどやるもんか。絶対に守ってみせる」