第三話
シュヴェールト城、地下の会議室。魔族らの所有する領地が描かれた地図が広げられた円卓を騎士団長四人が囲んでいる。そこにある空席は魔王様だけが座ることの許された椅子。まだお見えになっていない。定期的に開かれるこの会議は、通常なら定期報告と予算案で数分で済むのだが今回は別の話。緊急会議によって早急の軍事体制の強化を測る必要性が現れた。そのため、急遽軍事会議を行うことになってしまった。
「…たくよぉ、遅いなぁ、魔王様は…」
堂々と円卓に足を乗っけて退屈そうにしているこのお方はディナトス騎士団団長、ハルバード・シュペーナ・ヘルシュ。魔族らしからぬその体躯はまさに聳え立つ一枚岩。異常とまで言われるほど鍛え抜かれた筋肉は刃物を寄せ付けない強固な盾となり、同時に凶悪な武器にもなり得る。背中に背負う三メートルの大剣を軽々と振り下ろし、その腕一本の実力で若くして騎士団長の地位まで上り詰めた。
「貴方と違って報告書を見たりと忙しいのよ〜。貴方と違ってね〜」
「ああ゛?」
…彼女はアミナ騎士団団長、ヴィーナ・アル・フライハイト。獣人族、特に鳥人と呼ばれる種族。顔や上半身は魔人らと大差ないが、背中には飛行を可能にする翼と発達した足を特徴とする種だ。生まれ持った美声と作曲センス、そして鳥人には珍しい魔術の研究者を兼任する、唯一無二の団長。…何だが、彼女の性格に癖があるのが厄介なところでもある。よく言えばマイペース、悪く言えば自己中と部下から評価されているのだとか。一度火がついてしまうと寝食を忘れ、栄養失調で倒れてしまうぐらいに没頭してしまうこともしばしば。また、一部、関わると言い争いに発展することも。その対象がハルバード殿だけなのがまだ救いではあるのだが…。因みに、ハルバード殿曰く、彼女とは同期にあたるらしい。
「いやぁだって事実でしょう〜私も作曲と研究で忙しんだから〜。帰りたきゃさっさと帰れば〜?脳みそ筋肉クン?」
ヴィーナ殿は円卓に何枚もの紙を雑に並べ、手を動かす。どうやら作曲の途中…らしい。その態度が気に入らないのか、ハルバード殿の怒りを買ってしまった。円卓のそばに立てかけていた大剣を手に取り、作業する彼女のすぐそばまで寄ると、剣先を向ける。
「おい…。誰のせいでこんなことになってると思ってんだ…」
…彼女の管轄内であったあの森林、たびたび人族との衝突があったのだが、例によって彼女は研究や作曲に没頭し、その対処を怠った。結果、人族の騎士団と交戦する羽目になってしまう。先代魔王様が亡くなって以降、初となる大規模な戦闘になってしまった。緊急会議で追及された議題の一つであり、この軍事会議でも追求される。
「あらやだ怖〜い、殺されちゃう〜」
「……なんてね、飛べなくて魔族のくせに魔法もろくに使えないあんたに私を殺せるって言うの〜?」
「……んだと…舐めてんのか、この俺を…!何ならここで一発、やってもいいんだぜ?」
「へぇ〜いったいナニをやるのかなぁ〜?もしかして…いやらしいことだったり〜?もう〜エッチなんだからぁ〜」
彼女は蠱惑的な表情を浮かべ、自らの翼で身体を隠す。もはや怒らせている自覚があるのかも分からない。
「……てめぇ、ふざけるのもいい加減にしろよ…。俺をこれ以上苛立たせるんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ!!!」
「やれるものならやってご覧なさい〜どうせあんたは私を殺せないんだから〜」
「………死ね!!!」
躊躇なく振りかぶった。ドン!!と重い地響きが会議室に伝わる。大剣は椅子を粉砕し、床を砕く。周囲には大きな亀裂が地割れのように走る。
「ねえ、言ったでしょ〜あんたには無理よ〜」
彼の頭上を周回するように飛び回る彼女がまた言葉でハルバード殿を煽る。
「さっさと降りろこのクソ鳥頭!!」
「脳みそ筋肉クンにそんなこと言われたくないで〜す」
空中は彼女の独壇場、天井が低いとはいえ、このぐらいのスペースでは問題ないらしい。ハルバード殿の斬撃を踊るように避けている。なんなら鼻歌まで歌い出した。
「お二方、そろそろやめた方がよろしいかと…」
収拾がつかなくなる前に仲裁に入る。そろそろ魔王様がお見えになるのにこの始末。手を出すところまで行ってしまったのは暫くぶりだ。
だが、私の声はハルバード殿に届いてくれたらしい。ヴィーナ殿に向けられていた大剣をなんとか収めてくれた。そして、ただ座っている私の席まで歩いてきた。彼の影が私に覆い被さる。
「なあ、キマリス。俺がこんなにイラついている理由、分かるか?」
おっと…どうやら矛先はこっちに向いてしまったらしい。冷静さを装っているようだが、その声色は震えている。よほど彼女に対して不満が溜まっていたのだろうか。
「…ヴィーナ殿に罵られたからでしょうか?」
「確かにそれもあるが、たいしたことねぇ。いつものことだ」
「いいか、俺が苛立っているのはな、コイツがやらかしたおかげで死傷者が大勢出たってのに先の会議といいちっとも反省する素振りを見せねぇ。人の命の尊さを何も解っちゃいない…。俺たちは道具じゃねぇんだ」
「別に道具だなんて思ってないよ〜。全部あの子達が勝手にやって死んでっただけじゃん。そんなんで苛立たれてもなぁ〜」
「テメェ…それでも騎士団長か!!もういい、お前には失望した。本気で殺るぞ…!」
「ふ〜ん、さっきよりやる気だね〜。そっちがその気ならこっちもやっちゃおっかな〜」
マズイ…ハルバード殿が再度、武器を構えてしまった。彼の額や四肢から血管が浮き出ている。ヴィーナ殿も両手に火球と水泡を浮かばせ、宙を舞う。両者、睨み合い、死合いへと踏み込もうとした。だが、それは未遂に終わる。
「……ちと、静かにせんかい」
「「「!!!」」」
終始無言を貫いていたヴェイラ騎士団団長、マルバス・フル・ドルヒ殿の一声。一瞬にして、両者の殺意を打ち消した。彼女はこの魔族領において最高齢を更新し続けている魔族の老婆。若かりし頃は先代魔王様の乳母を務めていたとされ、魔王様も彼女には頭を下げるほどであるお方。その細い眼を見開けば、皆、天敵を前にした小動物のように固まってしまう。
「…失礼しました」
ハルバード殿はそのまで跪き、深く頭を下げてしまった。その後は無言で自分の席に戻ってしまう。ヴィーナ殿はそんなハルバード殿を嘲笑った。が、やはり彼女も睨まれたらしく、大人しく椅子に…壊されたので替えの椅子を用意してもらった。
「魔王様がお見えになります」
会議室の扉の前に立つ従者がが我々に伝えると、私も含め顔の表情に緊張が走った。ヴィーナ殿はすぐに紙を下に隠し、ハルバード殿は硬直した。マルバス殿は表情が変わらぬまま。私も姿勢を正し、魔王様がお見えになるのを待つ。
そして、いま、その扉が開かれた。
作者の瑠璃です。
まずは読んでくださりありがとうございます。
この作品はタイトル通り、それぞれの視点で描かれる異世界物語です。人族サイドのお話もあるのでもしよろしければその作品も読んでいただけると嬉しいです。また不定期投稿なので気長に待っていただければと思います。ブクマ、評価等していただけるとめっちゃ喜びます!!