第二話
あれから二週間と二日が過ぎた頃でしょうか。ヒュール森林から残りのエヴィニエス騎士団らが帰ってきました。街の方にも戦闘に勝利した報告がすでに入っているため、開門と同時に帰還した騎士団の凱旋が始まりました。私の部屋の窓からでも伝わってくるほど国民の熱気は凄まじく、共に勝利の喜びを噛み締めていました。
それと反するように、城内は痛々しい声が響いています。と言うのも、先の争いで負傷した兵の治療、死者の身元特定などの業務に追われているのです。救護班が主に治療にあたっているのですが人手が足りないため、城内の召使の何人かを使ってようやく行き届くようで、大変忙しい印象を受けました。また、アミナ騎士団の死者は約六百人、負傷者は千を超えると言う数十年稀に見る大損害を記録したとのことです。さらに、衝突した人族は騎士団の一派が関わっていることが分かったため、四つある騎士団の団長らと私の父上、その他有識者と緊急で会議が進められています。国民が喜ぶ一方、家族を失ってしまった方々や、治療に尽力してくださっている兵の気持ちを思うと、外の騒がしさがどう映るのか、それはきっと私の想像を超えることでしょう。
外の空気を取り入れようと、一度窓を開けました。すうっと爽やかな風が入り込みます。歓声の声が響くように聞こえてきました。しばらくの間、窓から身を乗り出して風にあたりながら町を眺めていました。私の髪がゆらっと靡くほどの優しい風が、心を穏やかにしてくれます。ですが…複雑な気分です。
…コン、コン
「!」
扉を叩く音が聞こえました。
「誰?」
「ベイルでございます。お茶をお持ちに参りました」
「分かったわ。入って」
「失礼致します」
配膳用のワゴンと共に私の専属メイドであるベイルが入ってきました。彼女は専属といえど、半分は友達のようなものです。年も私より四つ上なだけなので、気を許す少ない人物でもあります。綺麗な小麦色の肌をした人で、茶髪のボブカットがよく似合います。メイド服の着こなしも完璧、絵に描いたような美しさも持ち合わせています。きっと日本にいたら一躍人気者になってしまうでしょう。私は彼女の元へ近づきました。ワゴンには二つのティーカップとポット、付け合わせでお菓子の盛り合わせが乗せられています。
「お嬢様、お茶をしましょうか」
と、いつものように私を誘います。私が返事をする間も無くベイルは無駄に大きなテーブルに盛り合わせとティーカップを置いていきます。もしも私が断ったら…などとは考えないのでしょうか。まあ、私が断ることなどないのですが。
彼女がテーブル周りの準備をしてくれているので、私は開けっぱなしの窓を閉めた後、椅子に座りました。青紫色の花々が描かれている白いティーカップの中に熱々の紅茶が注がれていきます。白い茶器にはこの紅茶が一番映えます。アロマのような上品な香りに心を奪われつつ、軽く口にしました。すっと鼻から抜ける匂いと紅茶独特の風味が身体だけでなく心までも暖めてくれる、そのように感じました。
「お嬢様はお外の様子をご覧になりましたか?」
「ええ、とても賑わっている様子だったわ」
「そうですね、城内でも時折歓声が聞こえてきます。喜ばしいことですね」
「そう…ね」
「お嬢様はそう感じられないのですか?民が喜んでおられるのですよ?」
「それは分かってるんだけど、その中には戦いの中で亡くなられた家庭がいるし、今も治療を必要としている兵もいる。大勢は喜んでいるのかもしれないけど、一部のそう言った方のことを考えると素直に喜べないの」
「そうですか…。お優しいのですね、お嬢様は」
「え?」
「優しいだけではありません。お心も広く持っていらっしゃいます。そう言った点は魔王様にそっくりです」
「お父様に…私が?」
「もう本当にそっくりですよ。あのお方は分け隔てなく接してくださいます。私たちのようなメイドにもですよ。そのようなところを私は尊敬しております」
と、彼女はニコニコしながら話しました。自分の父親が褒められているのを聞くとちょっぴりと恥ずかしいです。
「あ、その話で思い出しました」
「ん?何を?」
「えっとですね、本日の夜に軍事会議が行われるのですが、お嬢様に出席の有無を確認せよと魔王様から直接頼まれておりまして…」
「お父様から…ですか…」
「はい。お嬢様はもう十になられたので、今後、国政の行事にも多く参加されると思います。きっとその一環として魔王様はこのような会議にも参加させたいのでしょう。どうされます?」
私は今、改めて、自分の立場を理解しました。私は魔王の娘。それは将来、魔族の長としての責任を負う者。であれば、公務にも出席し、国民から支持を得なければなりません。いくら私が転生した身であるとはいえ、娘として生を受けた者の義務です。全ての民の象徴となるためにも、成さなければならないものなのです。
「もちろん、参加します。お父様からのお誘いを断るわけにはいけません」
「…そうおっしゃると思いましたよ。実は私も、この場に出席せよと言われまして…」
「あら、そうなの」
「はい、なんか、騎士団の御偉いさんに固有魔法のことがバレちゃいまして…」
「固有魔法!?貴女が!?」
固有魔法、それは魔法の中でも特別な要素の一つ。主に魔力の強い魔族や一部人間に特異的に発現する現象のことを指す。この中には家系魔法も含まれるが、違いは一つだけ。四大魔法、火、水、土、風の成長率が著しく低いということ。使えないことはないのだが、威力、練度の点において一般兵よりも劣る。だが、そのデメリットを差し引いてでもその特異性によって重要視される。実際、固有魔法の使い手の能力次第で戦局は大きく変わる。壊滅寸前にまで追い詰められた部隊の切り札として戦場に送り込んだ結果、逆に相手を壊滅にまで追い込んだ事例も少なくない。以上のことから、固有魔法の使い手だと分かった時点で騎士団側からスカウトを受けることがある。
と、キマリスから以前教えていただきました。
「そうなんですよ。そういえば私お嬢様にも言ってませんでしたね。私の魔法は毒物を自在に操る魔法なんですよ」
「毒…それはどんな毒でも?」
「そうですね…操れるようになったら色々作れるようになりました。今も練習中ではありますが。その前まで無意識で毒を精製、散布していたらしいです。そのおかげで地元の人たちに『疫病神』とか言われて追い出された理由がようやくわかったんですけど…」
彼女は私から目線を逸らしてそう言いました。
「そ、そう…なのですね」
「あ、でもそのおかげで魔王様にお会いし、メイドとしていられるので、私は今、とっても幸せですよ!!」
「それなら…いいのだけれど…」
「はい、本当に幸せ者です!感謝してもしきれません!!」
彼女はニコッと笑みを浮かべました。
「あ、お嬢様、まだ紅茶をお飲みになられますか?」
「いえ、今日はもう満足だわ。下げて頂戴」
「かしこまりました」
彼女は私の目の前に置いていた茶器を回収し、ワゴンに片づけました。
「それでは、私も失礼します。また、夕食の準備ができた際にお呼びしますね」
「分かったわ。よろしくね」
その言葉を最後に、ベイルは私の部屋を後にしました。先程まで賑やかだった室内は、どこか物寂しくも、馴染みのあるものへ姿を変えていました。凱旋は終わったのか、聞こえていた歓声も落ち着いています。窓を開けても、あの時のような熱気は消え去り、少しずつ、また日常へと戻っていきます。
「そうよ、私。私は魔王の娘なんだから、もっとしっかりしないと…」
作者の瑠璃です。
まずは読んでくださりありがとうございます。
この作品はタイトル通り、それぞれの視点で描かれる異世界物語です。人族サイドのお話もあるのでもしよろしければその作品も読んでいただけると嬉しいです。また不定期投稿なので気長に待っていただければと思います。ブクマ、評価等していただけるとめっちゃ喜びます!!