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真剣お料理バトルを制せよ

「さぁ始まりましたガチンコ⭐︎料理ショー!!」


 別世界線へと転移したとたん、間近から聞こえる大声に私の耳はキーンとなる。


「日本全国のアマチュア料理好きさんがテッペン目指してガチンコ勝負! トーナメント戦を勝ち抜き見事優勝された方にはカリスマ料理人チュウ・チョミチョク氏と対戦する権利が与えられます! 一回戦はアマチュア料理研究家ユーチューバーによる対決でございます!!」


 前回の空の上と違って地に足がついてるからその点は安心だけど、何だコレ?!


 目の前には食材がずらりと並ぶ調理台、その先に大きなカメラ、見上げるとゴチャゴチャしたたくさんの照明器具、キンキンとマイク片手に叫ぶ、ちょび髭の中年男性……


 あの髭の人知ってる! バラエティとかでよくMCやってる、中堅お笑い芸人のディッキー磯村だ!


 さらに「審査員席」と札の立つテーブルに並ぶのは、忙しくてテレビを観る暇がない私でも知っている顔ばかり。


 確か今一番抱かれたい若手俳優と、おバカキャラで売ってるグラビアアイドル、美食家で有名な大御所歌手に、毒舌家の女性タレント、元一流ホテルシェフの料理評論家まで……あーサイン欲しい!!


──この世界線でのあなたは有名な料理系ユーチューバーです。状況はあの司会者が全て説明してくれたのでお分かりですね? 


 と、肩に乗ったヤドカリが脳に語りかける。


「料理番組の撮影中ってことよね?! 私、料理超苦手なんだけど!」


 何をどうしたらこの世界線の私は料理に目覚めたのだろうか。


──まぁまぁ、あなた主婦なんでしょ? いつも作ってるオカズでもテキトーに出してりゃいいんじゃないですか? では三十分間、頑張って!


他人事(ひとごと)だと思って簡単に言ってくれるじゃない!」


──僕はポケットの中に隠れてますね。


 ヤドカリは雑なナビゲーションをしたきり黙った。


「改めてご紹介いたしましょう! アマチュア料理研究家ユーチューバー、『干し芋⭐︎アキちゃん』さんです!!」


ダサッ!! 『干し芋⭐︎アキちゃん』ってまさか私じゃないわよね……どうか対戦相手の名前であってくれ……!


 ところがディッキー磯村がやってきたのは私の方だった。


「干し芋⭐︎アキちゃんさん! 意気込みをどうぞ!」と、こちらにマイクを向ける。


 この世界線の私は何を思ってこんな名前にしたんだろうか。


 カメラもグッと近づいてくる。これって私の顔が画面に大写しになってんの?! とりあえず笑っとくか! 私はなんとか笑顔を浮かべ、手を振った。


「ば……ばんがります……」


 言った瞬間、笑い声に包まれた。


「えーと干し芋さん顔がひきつってますけど大丈夫ですか?! 落ち着いていきましょう、生放送ですからね!」


 生放送なの?!


「そして対するは同じくアマチュア料理研究家ユーチューバー、ワンダフル田所さん!」


 隣の調理台で腕まくりしているのは……元の世界線での我が夫、カズヒコ?!


 またお前かい!! と叫びたいのを飲み込む。そしてこちらも名前ダサッ!


「登録者数も動画の総再生回数も五十ほど俺の方が多いですし、余裕ですよ」


 不敵に笑うワンダフル田所。前回共闘した人が今度は敵になった上、みみっちいことを言っている。


──いやぁ、あなたと彼とはつくづく縁があるようですね。


 ヤドカリがしみじみと呟く。ホント、腐れ縁にもほどがあるわ。


「制限時間は三十分間、レシピも作る物も自由! あらかじめリクエストのあった食材をふんだんに用意してありますから、思う存分うまいもん作っちゃってくださいね! それではスタートッ!!」


 ディッキー磯村が絶叫し、カーンと鐘の音が鳴った。


 えーとえーと、何作ろう……何作ろう……右手はグーで左手はチョキで……じゃなくて! 三十分でテレビにも耐えうる料理を作れとか急に言われても、パニックになりそうだ。


 あ、そうだ、と私はひらめいた。こういう番組ってどこかに完成品が用意されてるんじゃないの?


 後ろの電子レンジをこっそり開けてみた。空っぽだった。


「ですよねぇ……」


「ちょっとちょっと干し芋さん!! そんなとこに完成品なんて入ってないですよ!」


 ディッキー磯村がめざとく見つけて突っ込む。再び湧き上がる笑い声。さすが芸人、細かいとこまで拾ってくる! あとその呼び方やめてよ!!


 とりあえず落ち着こう……私は台の上にある食材を点検することにした。


 右側から干し芋、長芋、サツマイモ、人参、じゃがいも、玉ねぎ、ズッキーニ、桜島大根、鶏卵、ウズラの卵、エスカルゴ、サケガシラ、豚こま、牛レバー、ラム肉肩ロース、なめこ、りんご、アップルゴーヤ、中華の素、カレールー、各種スパイス、各種クッ◯ドゥ……


 この世界線の私は一体何を作るつもりだったんだろうか。


 ワンダフル田所を盗み見ると、彼は超高い所からオリーブオイルをビタビタビタッと何かにぶっかけている最中だった。視線に気づいたのか、こちらにドヤ顔を見せつけてくる。腹立つなワンダフル田所!


 調理台の圧力鍋が目に入った時、ひらめいた。コレしかない!


「時短料理は得意なのよォ! それなりに!」


 私は豚こまを鍋に放り込んだ。







「お二人ともお疲れ様でした! 続いて試食に移りたいと思います!」


 ディッキー磯村の進行により、審査員たちの前に料理が運ばれる。


「審査員のみなさんにはどちらの料理が美味しいか判定していただきます! 票の多い方が二回戦進出となりますからね! まずはワンダフル田所さんのお料理から!!」


──もう三十分経ってますけど、どうします? 次の世界線に行っちゃいますか?


 ヤドカリが私に聞いた。


「キリのいいところまで済ませてからにするわ」


 せっかくの機会だし、勝負の行方を見届けてやろうじゃないの……!


「さぁワンダフル田所さん! 紹介をお願いします!」


 ワンダフル田所にマイクが向けられる。


「『フワフワ玉子とプリプリお肉のワンダフル親子丼』です! 玉子をフワフワさせるのとお肉をプリプリさせることに全精力を注ぎました!」


 あのオリーブオイル大量ドバドバのくだり、一体何だったんだろうか。


 でも名前はダサいけど、玉子がフワフワだしお肉がプリプリしててすごく美味しそう!


「何だこのフワッフワの玉子とプリップリのお肉は! これぞ名前通り……おおぉぉ〜〜わんだふるぅぅ〜〜!」と、こぶしの利いた歌声を披露する大御所歌手。


「玉子はクッソフワフワしてっし肉はクッソプリプリだしクッソうめぇ親子丼だなオイ! 太ったらどうすんだコノ野郎めが!」と、しかめ面で丼をかき込む毒舌家の女性タレント。


「いやーん玉子フワフワ! お肉なんて私の肉体みたいにプリップリよーん!」と、ついでに巨乳をアピールするグラビアアイドル。


「食べさせていただきます。うん! 玉子はフワフワさせていただてるし、お肉はプリプリさせていただいてる……! 僕は来週土曜十時から始まる『ラスト・バケーションストーリーは突然に殺人事件』というドラマに出演させていただいてる!」と、さりげなく番宣する若手俳優。


「うむ……驚いたな。この玉子は私の作る玉子の次くらいにフワフワで、お肉は私の作るお肉の次くらいにプリプリに仕上がっておる……!」と、プライド高く唸る元一流ホテルシェフの料理評論家。


 審査員一同の語彙力が気になりすぎるところだが、彼らは口々にワンダフル田所の親子丼を褒めた。それを聞いて最高のドヤ顔を見せつけるワンダフル田所。お前はオリーブオイルにでも溺れてろ。


「続いて干し芋さんの料理が運ばれてきます! 大好評のワンダフル親子丼でしたが果たして干し芋さんは勝てるのか?! さぁ干し芋さん紹介をどうぞ!」


 ディッキー磯村が進行する。運ばれてきたのは目玉焼きを乗せたごく普通のポークカレー。干し芋干し芋連呼されるのも、もう少しの辛抱だ。私は意を決して叫んだ。 


「『仕事帰りのオカンが大急ぎで作った時短カレー』ですっ! 工夫したところは市販のルーを四種類混ぜたとこ!!」


 さっそく審査員たちがスプーンを手にとる。数口食べると数秒の沈黙ののち、彼らはしかめ面で同時に手を止めた。「ムムッ……!」


 え……私のカレー、そんなに酷い味だった?!


 ところが次の瞬間、スタジオは感動と興奮の渦に巻き込まれたのである。


「昔お袋が疲れてる時に大急ぎで作った、ごく普通のカレーそのものです……もうね、ルーのかけ方が超雑なところとか……皿からちょっと垂れてるところがもう……懐かしくて……」

 大御所歌手は滂沱の涙を流している。


「この、じゃがいもが圧力に負けてグズグズになった感じ……お母様が仕事帰りに作ってくださったごく普通のカレーそっくりで泣けてきちゃうわ……あぁ、お母様に会いたい……あ、母は存命してるんですけどね」

 毒舌タレントがキャラを忘れて咽び泣く。


「いやーん! ママが超忙しい時に作ったごく普通のカレーみたい! 中途半端にトロトロのルーがまるで《ピーッ》が《ピーッ》で《ピーッ》を《ピーッ》みたいな!」

 グラビアアイドルは号泣しながら放送禁止用語を連発し、スタジオの外に連れて行かれた。


「僕の両親、共働きで忙しくさせていただいてて。お母さんに食べさせていただいたごく普通のカレー、まさしくこの味でした! 『カレーだけじゃアレだし、とりあえず目玉焼き焼いてタンパク質を足させていただきますか!』みたいなところがまさしく!」

 若手俳優はチーンと鼻をかんだ。


「うむ……この再現度の高さは私以上だ。具材の不均一さも、数珠繋ぎになった豚こま肉も……さらに市販のルーを四種類も混ぜちゃうところがなんとも健気……ごく普通のカレーが得意だった、女手ひとつで私を育ててくれた母を思い出す!」

 涙が料理評論家の髭を伝いポタポタと落下する。


「うぅっ……! 切り分けた目玉焼きの端っこがグチャグチャッとなってるのが、大雑把なうちのお袋を思い出させます!」

 ディッキー磯村なんて視覚情報だけで目尻を拭っている。


 ワンダフル田所は別の意味で泣きそうな表情だ。


「クソッ……ごく普通のカレーごときで何故……!」


 良かった、一応は番組として成立しそう。と言うかこれって勝てるんじゃない?!


「みなさん、落ち着きましょう! 審査に移りますよ! 涙を拭いて札を上げてくださいね!」とディッキー磯村。


 審査員たちは一斉に札を上げた。左から『ワンダフル』『ワンダフル』『ワンダフル』『ワンダフル』!


 は?! みんな、あんなに泣いてたのに?


「満場一致でワンダフル田所さんの勝利!! 審査員長、総評をお願いします!」


「まぁ……冷静に考えたらごく普通のカレーだからねぇ……」


 審査員長である大御所歌手は赤い目で恥ずかしそうに言った。うんうんと、これまた恥ずかしそうに頷く他の面々。


「ま、まぁそうなりますよね……」


「試合に勝って勝負に負けた……!!」

 でもワンダフル田所は悔しそう。


 私とワンダフル田所はガシッと固い握手を交わした。


「ありがとう、いい勝負だったわ!」

「今度コラボ配信しような!」


 ちょっと悔しいけど、とりあえず乗り切った!


「さぁ惜しくも敗退してしまった干し芋さん、ひと言!」


「全国の皆さん! 仕事帰りの母親の料理中に話しかける時は、血を見ることを覚悟してくださいね! 以上!!」


 私はスタジオから駆け出し、例のダサいポーズで叫ぶ。


「チェンジーーーッ!!」


 次は勝負事のない世界線に行けますようにッ!

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