微笑み1
ある王国に圧倒的な国民の支持を受けている令嬢がいた。後に、王国の黄金時代を築き上げた歴史に残る女性である。
しかし、その令嬢がどのような心境で激動の時代を生きてきたのかは誰も知らなかった。
その令嬢は2つ名でこう呼ばれた。
『微笑みの令嬢』と。
これは本人の行動と気持ちとは裏腹に、周囲が勝手に勘違いして物事を進めていく、悪運の強い令嬢の物語である。
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王国暦194年、王国に3つしかない公爵家に長女が誕生した。
「レイラ!よく頑張った!」
「ありがとう。貴方……」
「我がフレイムハート家で長女が産まれるのは、国母になられた曾祖母以来だ。曾祖母様の名前を頂き、シオン・クロス・フレイムハートと名付けよう!」
「ふふふっ、素敵ですわ」
こうしてフレイムハート家の長女が誕生した。翌年には【双子の姉弟】で弟と妹が産まれ、フレイムハート家は大いに賑わうのだった。
長女が生まれてから5年経ちました。
隣の領地にある親戚の家へ、母レイラとシオンは用事へ行った帰りの事………
「まったく、いくらシオンが可愛いからって予定より遅くなってしまったわね。シオンは大丈夫?」
「はい、大丈夫ですわ。お母様」
シオンは微笑みながら答えた。その様子にレイラはホッとした。親として、しっかり愛情を込めて子供達に接してきたけれど、公爵家として厳しく躾なければならず、一時期シオンから感情が消えてしまい、厳しく躾過ぎたのではと慌てて勉強スケジュールを組み直し、親子との時間を増やしたのだった。
そのかいあって、シオンに笑顔が戻った。笑顔というよりは微笑むと言うのが正しいが……言葉は余り話さないが、シオンの表情から喜んでいるのかどうかは、一緒にいる者にはわかるようになっていたので、両親や屋敷いる執事、侍女達はシオンの表情を伺うようになっていた。決してシオンは悪い子ではないのだ。ただ、厳しく躾過ぎた過程で表情が出にくくなっただけなのである。
当の本人とはいうと……
『本当は疲れました。でも楽しかったし、お母様を心配させたくありませんからね。取り合えず、微笑んで大丈夫と言っておきましょう』
厳しい躾から抜け出す為に覚えた逃げ技である。余りしゃべらず微笑むだけで、挙げ足を取られなくなったのだ。
実に利己的に成長していた。
ヒヒィーーン!!!
ガタガタッ!!!
「きゃっ!」
突然馬車が激しく揺れた。
「奥方様!決して馬車から出ないで下さい!盗賊です!」
護衛の騎士から大きい声で叫んだ!
「シオン!大丈夫よ!絶対に守ってあげるから!?」
お母様に抱き締められながら馬車の外の音を拾うと、護衛の騎士達より盗賊の方が人数が多く、苦戦しているみたいだった。
すでに日が落ちて周囲は暗くなっていた。
護衛の騎士の1人がやられて血が馬車の窓に掛かった。それをみてお母様はより強く私を抱き締めた。
馬車の外でうめき声が聞こえるので死んではいないようだが、重症だと感じた。
私はお母様から抜け出すと馬車のドアを開け、今まさに騎士にトドメを刺そうとしていた盗賊に、馬車の中にあった化粧品を投げつけた!
化粧品のガラスビンは盗賊に当たり、中身の液体が盗賊の頭に掛かった。
「イテッ!このくそガキが!何を投げやがった!?っち、ベトベトしやがる!暗くて見えねぇな。おい、火を寄こせ」
すると、その盗賊が急に火だるまになったのだ。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!」
地面を転げ廻る盗賊に、周りで戦闘していた他の盗賊と騎士団も目が釘付けとなった。
辺りは日が落ちてより暗くなっており、盗賊達は松明を持っていた。自分に掛かった液体を確認しようと松明を目の前にやった所で、化粧品の【オイル】に火が付いたのだ。
はた目からするとシオンが盗賊を火だるまにした様に見えた。シオンは視線が自分に集中したのを感じ、取り合えず微笑むことで逃げた。
『な、何が起こったのですか!?私が殺ったと思われている!?と、取りあえず微笑んで逃げましょう』
「あ、あのガキ、人を火だるまにして笑っているぞ」
「ま、マジかよ………」
盗賊達はそのアンバランスな状況に恐怖した。
シオンは馬車側で血を流して倒れている護衛騎士に近付き、回復魔法を掛けた。
そう、シオンは数少ない治癒魔法の使い手であり、覚えたての回復魔法を護衛騎士に掛けたのだった。
まだまだシオンの拙い魔法では完全回復とはいかなくとも出血を止め、傷口をふさぐことに成功した。
周りの盗賊と騎士達は、戦闘を忘れその様子を見守っていた。治癒が終わるとシオンは静かに微笑みながら言い放った。
「まだ、戦いますか?」
ギランッ
その瞬間、盗賊達は武器を捨てて降参した。
「「こ、降伏する………」」
倒れた護衛騎士は涙を流しながら謝った。
「……お嬢様、申し訳ありません。私が護らなければいけないのに助けて頂いて」
「良いのですよ。命を掛けて護って貰ったこと感謝します。今はゆっくり休みなさい。流れた血までは戻せないのだから」
「…………ぐっ、お嬢様…」
騎士は涙を流しながら眠りに付いた。そして誰かが呟いた。
【聖女様】だと。
その後、無事に屋敷にたどり着いたフレイムハート家ではシオンの行いに驚き、領内でその偉業が囁かれるようになった。
シオンには魔法の才能があったらしく、治癒魔法以外に本当の火炎魔法も扱えるようにもなった。本人の努力もあって他の属性魔法も使える凄腕魔導師として領内を駆け回る事になっていく。助けにいく先々で、殆ど話さず微笑むことで意思疎通をすることから【微笑みの令嬢】と領内だけではなく、王国中に知れ渡っていったのだった。
愚者の声
「お久しぶりです。実力不足で凍結していた小説を再開しました。しばらくは過去の話を追加執筆して投稿していきます」
シオン
「今度は必ず完結させないよね!で、ないと……」
バキバキッ
手に魔力が集まる。
愚者の声
「ヒィイイイイ!?頑張ります!」
ガクッ………