明日があると思ってた
「俺?色んな国を旅してみたいんだー」
そう言ってニカッと笑う彼が好きだった。
「へえ。司書かぁ。いいじゃん。本好きだもんね」
そう言ってうんうん頷く彼女が好きだった。
高校に入ってからのクラスメイト。友達以上恋人未満。友達以上親友未満。
私と彼と彼女と、よくつるんではしょうもない事で笑い、そして語り合った。
いつしか彼と彼女は付き合い始め、私は少しばかりの疎外感を持つようになった。それでも変わらずつるんでいた。あの日が来るまでは。
いつもの通学路、いつもの朝。それはけたたましいサイレンの音でかき消される。歩いていた私が顔を上げた先には人だかり。その先には予防線が貼られて進めない。
何があったのだろう。警察が迂回路へと誘導を始めていた。
何げない日常に黒く落ちた点がジワッと染みていく。いつもと違う道を通って学校に着けば、やはり先程の事かザワついた雰囲気に飲まれていた。始業ベルと共に教師が黒板の前に立つ。
「静かに。出席とります」
いつもの教室、いつもの授業。なのに心がザワつくのは、いつもつるんでいる彼と彼女が居ないから。
急遽集会の放送がなり、午後の授業が潰れた。体育館でクラス順に座る。校長が疲れた様子で話し出した。
「本日、早朝通学路において事故があり、我が校の生徒4名が巻き込まれ、2人が重症、2人が意識不明の重体との連絡を受けました…」
名前を告げられて頭が真っ白になる。ほかのクラスメイト達も騒めく。
意識不明?ふたりが?昨日まで一緒に話してたのに?なんで?なんで?なんで?なんで?
上手く息が出来ない。荒い呼吸が耳に響く。手足が痺れる。誰かが何かを話しかけてきたけれど次の瞬間、ブラックアウトした。
気づくと保健室だった。夕日が壁をオレンジに染めている。保健医が過呼吸起こして運ばれてきたことを告げた。
過呼吸なんて初めてだった。痺れはなく、先生に礼を言って部屋を後にする。途中、教務員室に立ち寄り担任に挨拶をすると、悲しそうな顔で私に言った。
「2人が亡くなったそうだ」
衝撃に立ち尽くした。
「先生、何言ってるの?」
「俺もまだ信じられん」
「嘘でしょ?ねえ、先生、嘘だよね?タチの悪い冗談なんでしょ?」
気づけば先生に詰め寄っていた。眼鏡の奥の瞳は虚ろで、歪んだ顔の私が映っている。沈黙が二人の死を肯定していく。止まったような時間の中で、立つ気力もなく座り込んでしまった。
「うそだぁ」
先生が連絡をしてくれたのか、スーツ姿の父が動けない私を引取りに来たのは、それから1時間以上もあとの事だった。
二人の葬儀は一緒に執り行われた。元々幼なじみで、親同士も顔見知りだったらしい。恋人同士一緒に送りたかったというのもあったのだろうか。
写真の2人はいい笑顔を浮かべていた。木魚と坊さんのお経とお香の香り。一緒に来ていたクラスメイトはみんな泣いている。泣けない私は冷たいんだろうか。
たまたま席が前と横。そんなふたりと仲良くなって、気づけばいつもそばに居た。ぼんやりとする視界の中で、今までの事が思い浮かんでは消えていく。いつもの日常に、いつもの2人が居ない。
心にぽっかりと穴が空いた。
空に還った2人は手に抱えられるくらい小さくなった。虚しさと悲しさと1人だけ置いていかれた小さな怒りだけが残る。
いつもの朝、いつもの通学路。教室に入り席に向かう。座ってぼんやり辺りを見渡す。
景色はいつもと同じなのに、いつもとは違うのは、彼と彼女が居ないこと。
《おはよう》
2人の声が風に乗って消えてゆく。