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兵法とは平和の法なり  作者: MIROKU
寛永編
7/40

第七回

 一瞬、七郎は夢を見ているのかと思った。だが違っていた。身に走る不安と緊張はただごとではない。

 ましてや巨大な蜘蛛の巣の表面に蠢く不気味な人影は何だ。

「な、何者だ……」

 七郎は心身の震えをこらえてつぶやいた。それは人影への問いではなかった。自分自身への、正気を取り戻すための呼びかけであった。

「……む」

 蜘蛛の巣を這う不気味な人影に七郎の声が届いたか。人影は動きを止め、蜘蛛の巣の上に静止した。

 月明かりだけを頼りによくよく見れば、人影は丸みを帯びた体つきだ。艶めかしい女のようだ。

 しかし人影の背からは八本に及ぶ長い脚が生えている。それは蜘蛛の脚だ。巨大な蜘蛛の巣の表面を這うのは、背から巨大な脚を生やした蜘蛛女ではないか。

 月下に七郎と蜘蛛女の視線は激突した。ぶつかりあい、絡み合い、それでも尚激しく燃え上がるような視線の激突だった。

 七郎が感じたのは、得体の知れぬものへ恐怖と、それに挑まんとする闘志だ。七郎はこの時、死を覚悟した。

 対して蜘蛛女の心境はどうであったか。彼女は一糸まとわぬ裸身で蜘蛛の巣の上に蠢いていた。ひょっとしたら深夜の散策であったのかもしれない。

 が、そこで男と出会うとは意外すぎる展開であったろう。ましてや七郎は人を殺めた事がある。生死の修羅場を経ている。

 だからこそ将軍家光が一目も二目も置いて、彼に御書院番の地位を与えたままにしているのだ。七郎は肩書は御書院番だが、その務めを一日とて果たした事はないのだ。泰平の世に不似合いな七郎と出会って胸を高鳴らせる女も、いなくはなかった。

 ひゅう、と夜風が吹いた。それは肌を刺すような冷気を帯びて、僅かに血臭を含んだ風であった。

 七郎が眉をしかめた瞬間、夜空にかかる巨大な蜘蛛の巣と、その表面に蠢いていた蜘蛛女は消えていた。

 七郎は小刻みに震える拳を固く握りしめる。夢ではない。彼は確かに人知を越えた存在と遭遇したのだ。

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