第六回
「しかしだ。何のために生きる? 何のために死す? 自由人には進むべき道がない。朝に道を聞かば夕べに死すも可なりというではないか」
あるいは七郎は生きる答えを求めているのかもしれぬ。他者の願いを聞き入れてでの行動ではなく、自身の魂が死を賭して欲する答えを。
縛られる者は縛られる故に道を得ているのではないか。七郎の父又右衛門は兵法家として将軍家剣術指南役という大任を背負う道を進んでいる。それこそ七郎は羨望の眼差しで見つめている。
「まあ、いいじゃねえですか。難しい話は禅師の説法にお任せしやしょう」
源は酒と肴の準備を始めた。水で薄めた酒に残り物の天ぷらや竹輪など。誰も客のいない店内に明かりを灯して飲み食いする。それがたまらなく美味かった。
「ところで店員は」
七郎は気難しげに問う。源は客寄せのために十代後半の娘を数人店員に雇っていた。女日照りの男が多い江戸では、看板娘目当てにやってくる客は少なくない。
「みんな亭主持ちですぜ」
「……うむ」
七郎は厳粛な顔で酒を飲んだ。下心は霧散した。
夜半、七郎は目を覚ました。暗い店内には机に突っ伏した源のイビキが響いている。酒を飲みつつ、いつの間にか寝入ってしまったらしい。
「うむ……」
七郎は寝ぼけながら店の外に出た。尿意を覚えたからだ。
だが店の外に出て夜空を見上げれば、真円を描く満月の輝きに七郎は息を呑んだ。夜は人を魅了する。月明かりの下には、昼にはない世界が広がっているからだ。
「なんだこれは……」
七郎の左の隻眼が見開かれた。彼は夜空に驚くべきものを見たのだ。
満月が浮かぶ夜空には、巨大な蜘蛛の巣が広がっていた。