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兵法とは平和の法なり  作者: MIROKU
慶安編 魔天にかかる罠
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真なる道


    **


 島原の乱の頃、七郎はその地にいた。

 幕府隠密たる彼は現地へ飛び、一揆衆に混じって、情報を集めていた。

 島原の乱鎮圧の兵に軍監として参加していた宮本武蔵は、罪のない農民を討つ事を拒み、怪我を理由に戦線離脱していた。後世に醜聞として伝えられても構わぬ覚悟であった。一揆の鎮圧は、それほどに痛ましい事なのだ。

 七郎は首謀者を探る途中で、ウルスラという少女に出会った。彼女は宣教にやってきた異国の者と、日本人女性との間に産まれた混血児であった。

「十とは聖なる印です。ましてや衛る兵となれば、それは聖なる印を持つ衛兵という意味でしょう」

 ウルスラはそう言った。十兵衛という名前には、そのような意味があるのだと。聖なる印を持つ守護者だと。だが、その時の七郎には、わからなかった。

 そしてまた七郎は宮本武蔵とも会い、ただ一手の指南を受けていた。

 ――参る!

 七郎はただ一手に全てをこめて打ちこまんと、愛刀の三池典太を八相に構えた。鋭い切っ先が天を衝く。

 ――未熟。

 武蔵の一声に七郎は激昂した。頭が真っ白になり、冷静さを失った。

 七郎は三池典太で武蔵に斬りかかった。

 武蔵は右手に握った刀で、七郎の打ちこみを横に薙ぎ払った。

 そして素早く踏みこみ、左手に握った小太刀の切っ先を七郎の首筋に突きつける。

 二人の対決は一瞬で決していた。

 七郎は宮本武蔵の前に終始、翻弄されていた。

 仏陀の手の平で暴れていた孫悟空、七郎はそんな気分だった。武蔵は怪我などしておらぬし、七郎を前にして闘志を燃え上がらせる事もなく、挑発して冷静さを失わせた。

 ――天下一兵法とは……?

 七郎は宮本武蔵との対決を経て、大いに考えが変わった。目指すべき道を見出したとでもいうのか。

 七郎は剣から離れ、無刀の道を――

 無刀取りの道を歩み始めた。

 ただ単に技を極めるのではない、無刀の道とは真なる兵法の道であった。

 そして今も七郎は無刀の道を歩んでいる。

 由比正雪と丸橋忠弥とは命のやり取りに及んだが、彼らの命を奪わずして、その心を制した。

 心を制す兵法こそ平和の法。

 七郎には、そんな信念がある。



 七郎は湯屋の娯楽室にいた。

 湯から上がった後は、娯楽室で茶を飲んだり、知り合いと世間話をしたり、将棋や碁を指すなどできる。

 湯屋の娯楽室は当時の人々にとって、憩いの場の一つだった。

「あちきは、しょうぎって知らないでやす」

 その娯楽室には新顔がいた。七郎と蘭丸を追って異世界からやってきた黒夜叉という娘だった。

 湯上がりの黒夜叉は幼さを残した顔つきだが、体つきは成人女性のものだ。

「では俺が教えてやろうか」

「七郎さんより蘭丸の旦那がいいでやす」

「ふっふっふっ、なるほどな」

 七郎は苦笑する。黒夜叉のそういう純朴さが良い。

「あら、では、わたくしが教えてあげるわ」

 娯楽室には湯上がりのねねもいた。黒夜叉を見つめるねねは笑顔だが、その全身からは鬼夜叉のような気迫が発されていた。

「お願いするでやす」

「おっほっほっほ、手加減しないわよ、覚悟なさい」

「おいねね、飛車角金銀は抜け、駒は黒夜叉にやれ」

「蘭丸様、なんて事を! わ、わたくしにどうしろと!?」

「負けてやれ」

「ぬ、ぬはー! 正室が側室に負けろとおっしゃるの!?」

 などと蘭丸、ねね、黒夜叉の三人が漫才のようなやり取りをするのを、娯楽室にいる人々が微笑ましげに見ていた。

 気づけば七郎の姿は娯楽室にはなかった。湯屋からも去っていた。七郎はすでに外に出ていた。

(ありがとうよ)

 七郎は心中に蘭丸らへ感謝していた。彼らのおかげで、七郎の魂の重荷はスッと軽くなった。

(あとは死に花を咲かせるのみだ)

 七郎は通りを進む。江戸に住む人々は足早に進んでいた。

 七郎のみならず、行き交う人々もまた旅人のごとく。

 七郎は死に場所へと進んでいった。それは人生いつ現れてもおかしくなかった。〈了〉

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