第四回
七郎は父の又右衛門から魔性の話を聞かされた事がある。かつて御神君家康公が駿府にいた頃、ぬっぺらほふなる魔性が現れたというのだ。
それは自分が遭遇した肉面の者と同じだと七郎は直感した。人の世界と魔性の世界は昼と夜を境にして繫がっているのだ。
(奴らが俺の戦う敵か)
七郎の心身は震えた。これは恐怖ではなく武者震いであった。得体の知れぬ魔性を相手に、七郎の闘志は燃え上がるのだ。
(俺の最期を飾るに相応しい相手だ)
七郎は肉面の者と遭遇した時を思い出す。苦い敗北の味だ。
だが二度の敗北はない。勝つか負けるか、生きるか死ぬか。そう心に決めて七郎は前へ進もうとする。
(兵法とは平和の法なり……)
心中につぶやきながら七郎は町中を行く。途中、道行く婦人二人にすれ違った。
「むむ」
七郎、思わず振り返った。美人だったからだ。英雄、色を好む。七郎もまた英雄かどうかは不明だが、女の色気に弱い。
「危うし危うし…… 天理天命、我にあり」
苦笑して七郎は歩き始めた。女の色気は七郎には命取りだ。ましてや、それが女の魔性であるならば。
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武家屋敷の並ぶ一角、その外れに源のうどん屋がある。
「客は来るのか」
「来ますぜ、これが」
七郎の問いに源は答えた。源は江戸市内を回ってうどん屋の屋台を引いていたが、参勤交代が始まってすぐの頃に店を出した。
というより幕閣で店を用意したのだ。武家屋敷に住まう大名と、家臣ら武士達を監視するために。
「それで?」
「自由に外出できないんで不満が溜まってるようです。奥方を置いてきた者も多く、女遊びも盛んなようで」