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兵法とは平和の法なり  作者: MIROKU
慶安編 幽玄の恋
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捨身必滅

 馬頭鬼の突進の迫力に、七郎の反応が僅かに遅れた。

 馬頭鬼の体当たりが、身をかわしそこねた七郎の肩をかすめる。

 直撃を避けた七郎だが、その体は回転しながら宙を舞って落ちた。

(な、なんという……)

 身を起こしながら七郎は戦慄した。直撃していたら血を吐いて死んだかもしれない。

 馬頭鬼が振り返ったところへ、立ち上がった七郎は攻めこんだ。

「ふ!」

 気合と共に七郎は中段回し蹴りを放つ。馬頭鬼の左腿に当たった。

 人間が無意識に放てる最も重い攻撃の一つが、利き足での回し蹴りだ。

 だが、それを受けても馬頭鬼の動きは僅かに止まっただけだ。

「ぬおおお!」

 七郎は馬頭鬼の懐に飛びこみ、左右の肘打ちを繰り出した。馬頭鬼は七郎の肘打ちを胸や腹に浴びているが、大して効いた様子もない。

 戦場で組討に及んだ際、肘打ちで鎧武者を攻めろと七郎は教えられたが、馬頭鬼の胴体は鎧以上だ。

 駄々っ子に手を焼く大人のような馬頭鬼は、左手を伸ばして七郎の奥襟をつかんだ。この体格差では、組まれれば七郎に勝機はない。

「うわあー!」

 死力を尽くす七郎の雄叫び――

 七郎は馬頭鬼の右手首を両手でつかんで引き寄せると同時に、馬頭鬼のみぞおちへ頭突きを叩きこんだ。

 体格差がなければ成立しない荒い攻めだが、それで馬頭鬼はうめいた。

 その一瞬の機を七郎は逃さぬ。

 左手で馬頭鬼の右手首を握ったまま、七郎の体は回転した。

 体勢を崩した馬頭鬼の右足へ自身の右足を引っかけて、七郎は投げ落とした。

 馬頭鬼の巨体は背中から勢いよく大地に叩きつけられた。柔道における体落だ。父の又右衛門宗矩は左手一本で体落をしかけるのを得意としていた。

「頼む!」

 七郎は倒れた馬頭鬼の左腕を取り、素早く脇固めをしかけた。

「待ってやってくれ!」

 七郎は自分でも訳のわからぬ感情に突き動かされて叫んだ。

 あるいは彼を動かしたのは、かつての春日局など死した女性達であったかもしれない。

 男と女の逢瀬を邪魔する者は馬に蹴られて死すべし、と春日局なら言いかねない。

 まあ、この場合は相手が馬頭鬼であるが。

「やめてください!」

 突如、夜空に響いた娘の声に、七郎は技を解いて立ち上がった。

 振り返れば幽霊の娘が傍らに蘭丸を引き連れ、七郎と牛頭鬼馬頭鬼を見つめていた。

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