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兵法とは平和の法なり  作者: MIROKU
慶安編 幽玄の恋
30/40

常に兵法の道を離れず



 七郎は兵法の事ばかり考えている。

 宮本武蔵いわく、常に兵法の道を離れず。

 その言葉通りの生き方をし、己の死に方を模索する七郎は、ある種の狂人かもしれない。

 が、だからこそ生き延びてきた。

 江戸の人々を守り、治安維持に貢献した。

 悪を為す修羅も、時に仏敵を降伏するがゆえに仏法天道の守護者なのだ。

 七郎も修羅に似る。彼は決して善人ではないが、江戸を守る戦いに命を懸けるからこそ、勝利の女神が微笑むのだ。

(さて、どうするか)

 七郎は長屋の自室で腕組みして考える。ねねは蘭丸に女幽霊がついていると言った。

 蘭丸には七郎が授けた三池典太がある。後世では国宝に数えられる名刀の刃は、魔物をも斬ると伝えられている。

 その三池典太を持つ蘭丸ならば女幽霊を斬れるだろう。いや斬れるはずなのだ。

 それをしないのは蘭丸の優しさゆえと、ねねはうどんを三杯平らげた後に言ったものだ。

 ――そんなに食うと太るぞ。

 と助言した七郎には、ねねの鉄拳が飛んできた。

 女心は海より深い、いやいや、この場合は七郎が悪い。

 そして、ねねは七郎に魔除けの札を授けた。何の因果か、七郎はねねが魔除けの札を作成する場面を目撃した。

 ――は!

 ねねは農家で購入した鶏の首を裂き、その血を器に注いだ。器にあらかじめ注がれていた墨汁と鶏の血が混じったところへ、ねねが指差せば、そこから炎が吹き上がった。

 炎は一瞬で消失した。七郎は驚きのあまり、目を見開いてねねの挙動に注目した。

 そしてねねは筆を墨汁に浸し、白い無地の札にサラサラと文字を書き出した。七郎には読めない。梵字のように思われたが、鶏の血を用いる仏法の呪いというのは見た事も聞いた事もない。

 かといって陰陽道の技でもなさそうだ。七郎は京の禁裏(天皇の御所)で秘密裏に活動した時、遠縁の陰陽師に会っている。

 柳生友景という見目麗しい青年であった。彼は陰陽師であり、剣士でもあった。

 七郎は友景と力を合わせ、禁裏を襲った怪異から月ノ輪なる女性を守り抜いた。

 余談ながら、後で七郎が知った話によれば、友景は祖父の石舟斎宗厳の甥(妹の子)だという。

 とすると、七郎の父である又右衛門宗矩のいとこであり、年長か同世代のはずだ。

 だが、七郎が会った友景はせいぜい二十代半ばの青年であった。あれはどういうことなのか。

「そんな事はどうでもいいわ、この札を女幽霊に貼りつければ、たちまち言語道断、野州無宿、テクマクマヤコンで消滅するわ。七郎さん、お願いね」

「……お前がやればいいじゃないか」

「ええー、だってわたくし、か弱い乙女だし〜 蘭丸様の前では箸より重いもの持った事ないし〜」

「あー、そうですかよ」

 七郎は仏頂面で了解した。これも神仏の導きなのであろうか。

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