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兵法とは平和の法なり  作者: MIROKU
寛永編
3/40

第三回 破邪一刀

「それはこういう顔をしたやつですかい」

 店主は立ち上がり、七郎に近づいてきた。七郎はすでに床几から立ち上がって、この肉面の不気味な店主から二、三歩距離を空けている。頭の中は真っ白だ。

「化物だなんて、ひどいじゃないですかい」

 肉面の店主と七郎の間合いは迫った。七郎の心臓が激しく高鳴っているが、自分でそれには気づかない。

 七郎は蛇ににらまれた蛙の如しだ。同時に父の又右衛門の言葉が思い返された。戦場に正々堂々はない、不意を衝かれて殺されても文句は言えぬ。

 今の七郎が正にそれだ。唐突に肉面の店主を目の当たりにして意気を削がれた。頭は真っ白で何をしていいのかわからない。

 しかし七郎は兵法を学び続けてきた。

 隻眼ゆえに剣は上達しなかったが組討の術は練磨した。

 魂に刻まれた組討の術、それが七郎を動かした。

「おお」

 声は肉面の店主が発していた。彼は七郎に組みつかれた次の瞬間、体を反転させて背中から大地に落ちていた。

 七郎が店主にしかけたのは後世の柔道における体落という技だ。七郎は一瞬の間に肉面の店主を大地に投げつけていた。

 何が起きたかわからぬ店主が、うめきながら起き上がろうとする。七郎は間合いを離して、後腰に帯に差していた小太刀を抜いた。

 この時代、幕府は町民に小太刀の所持を許可していた。これは自衛せよ、という意味だった。僅かな同心らに数十万人の江戸市民を守る事など不可能だからだ。

「ぬん」

 七郎は両手で小太刀を拝み打ちにした。打ちこんだ刃が肉面の店主の顔を、真一文字に斬り裂いたかに見えた。

 だが七郎はそこで我に返った。

「……これは?」

 七郎は黄昏の光の中に、ただ一人立ち尽くしていた。うどんの屋台もないし、七郎は小太刀を抜いてもいなかった。

 七郎の全身が冷や汗に濡れた。肉面の店主は夢か現か。七郎が見た幻であったのか。

 得体の知れぬ恐怖に駆られて、七郎は足早に武家屋敷の並ぶ通りから去った。

 魔性の恐ろしさを思い知らされたのだ。

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