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兵法とは平和の法なり  作者: MIROKU
慶安編 幽玄の恋
29/40

ねね


   *


 七郎はねねの愚痴を聞かされていた。

「だってねえ、蘭丸様ってば毎日毎日、食っちゃ寝、食っちゃ寝で……」

 ねねはうどんをすすりながら愚痴という名の毒を吐く。まるで毒蛇だ。

 場所は武家屋敷通りのうどん屋だ。店主の源は江戸城御庭番であり七郎とは戦友だ。

 源は身分を偽り、武家屋敷に住む大名達を監視し、江戸の治安維持に務めてきた。今では妻を迎えて娘もいた。

「おお、姐さん! どうぞ、ゆっくりしていってください!」

 店主の源が、わざわざ店の奥から出てきた。七郎には挨拶もなく、ねねにしか注意を払っていない。七郎などは空気扱いだ。戦友だというのに。

「ええ、ゆっくり食べさせてもらうわ…… もちろん、ツケで!」

 ねねはうどんのおかわりを源に注文し、更に具材も注文した。

 野菜のかき揚げ、イカの天ぷら、揚げ玉、油揚げ……

 油でむせそうだが、ねねは気にする事もない。七郎が見た事もないような美女だが、その仕草は残念だ。

 ――ずずずずう

 ねねは豪快にうどんをすする。百年の恋も冷める食いっぷりだ。

「そ、そうか」

 七郎は蕎麦切りをすすっていた。源の店には、需要は少ないながら蕎麦もある。

 蕎麦には疲労回復の効果があり、それがゆえに肉体労働者に好まれ、江戸で蕎麦が流行ったのかもしれない。

 また、この時代で蕎麦というと蕎麦粉を丸めた蕎麦がきの事だ。後世の蕎麦のように切ったものは、蕎麦切りと呼ばれていた。

「蘭丸は何をしている?」

 七郎はねねに問う。年齢差を考えると、娘のようなねね。

 だが、ねねは七郎が目上だろうと関係ない。天上天下唯我独尊だ。そんなねねだが、なぜか江戸の庶民に慕われている。

「ちょっと聞いてくださる? 蘭丸様ってば女に情けをかけてさあ」

「ふむ?」

「幽霊女を成仏させてやらずに…… 夜な夜な会ってるんですわよ」

 そう言って、ねねは二杯目のうどんを平らげた。ねねの大食いは嫉妬の念も一因のようだ。

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