表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兵法とは平和の法なり  作者: MIROKU
慶安編 幽玄の恋
27/40

紫電残光


   *


 夜の中に白刃の打ち合う音が響いた。

 闇夜に火花が散る。それは魂の激突かもしれない。

 慶安の変を経ても江戸の治安は改善されなかった。江戸には人が集まるが、同時に盗賊の類も多く集まった。

 武装した強盗団を制圧するのは江戸城御庭番だ。伊賀甲賀の忍びの末裔である彼らの血脈は幕末まで存続し、かのペリーの黒船に侵入して時計などを盗み出したという。

 何にせよ、著名な火盗改が誕生するまで未だ数十年を要さねばならない。だが江戸の平和を守るために戦う者は確かに存在したのだ。

「ぐわ」

 呻きを発して盗賊の一人が倒れた。その盗賊を蹴り倒したのは、黒装束の般若面の男だった。

 般若面は無手にて盗賊へ踏みこむ。

 流れる水であるかのように刃を避けて般若面が組みつけば、次の瞬間には盗賊が大地に叩きつけられている。

 まるで妖術を見るかのようだった。十数人いた盗賊団も半分は般若面に制圧されていた。

 他の黒装束達の奮戦もあり、盗賊団はただ一人を残して地に倒れ伏していた。

「ぬう、般若面!」

 覆面の盗賊が叫んで刀を正眼に構えた。切っ先は般若面に突きつけられている。

 盗賊の覆面からのぞく目は強い光を放っていた。最期を覚悟した盗賊は、般若面との対決を望んでいた。

 ここ十数年、江戸の巷にあふれた噂。夜の闇に現れる般若面の妙技は、無手にて刀を持った対手を制すると。

 その般若面の最も新しい噂は、槍の達人丸橋忠弥を無手にて制したというものだった。

「その意気や良し」

 般若面は面の奥で笑ったようだった。彼もまた死を覚悟して盗賊と向き合う。

 般若面も盗賊も無言で対峙した。死を覚悟した二人は善も悪も超越した境地にいた。

 善か悪かよりも、死を覚悟して事に臨む事こそ肝要なり――

 それが般若面の体感した真実である。命を懸けるからこそ、武徳の祖神たる経津主大神が導くのだ。

 般若面は刀の死角である盗賊の右手側へ回りこもうとする。

 それに合わせて盗賊も刀の切っ先を般若面に突きつけたまま動く。

 両者は対峙したまま、互いに孤を描き、半円を描き、円を描き、遂に止まった。

「――キィエーイ!」

 盗賊が踏みこんだ。僅かに速く般若面が踏みこんでいた。

 盗賊が刀を打ちこむより速く、般若面はその両腕に抱きついた。

 そして体を回す。盗賊の体が浮き上がる。

 次の瞬間には盗賊は背中と後頭部を大地に叩きつけられていた。

 後世の柔道における一本背負投だった。柔道の祖は柔術であり、柔術とは戦国の世に生まれた組討術の事である。

「会心の一手、忘れぬぞ」

 般若面は盗賊を見下ろした。盗賊は泡を吹いて気絶していた。

 般若面は今夜の戦いも生き延びた。江戸城御庭番の者達も一息ついている。

「まだまだだな……」

 般若面は面を外して夜空を見上げた。現れたのは隻眼の七郎、柳生十兵衛三厳だ。

 彼は公には死んでいるが、死して尚、江戸の治安を守っていたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ