第十三回
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兵法の真髄とは何かと七郎はいつも考えている。
成し遂げた勝利の味も、すぐに忘れる。目指す境地は、はるか彼方にあるからだ。
しかし、考えるだけでは腹が減る。
「源のうどん屋に行ってみやしょう」
「そうするか」
政に誘われて七郎はうどん屋目指して歩き出した。道の左右には武家屋敷が並んでいる。昼時になったせいか、どこの屋敷からも人が出てくる。
「皆、腹が減ったんだな」
「そうでしょうね」
一日二食が一般的な時代だが、肉体労働者は腹が減る。二食では体が保たない。なので昼に食事を提供する店は多い。むしろ夜に開いている店の方が少ない。便利な明かりもなく、夜は暗く、闇に包まれている。
「あいつの店の看板娘が評判いいらしいですよ」
政はニヤニヤしている。小男で風采が上がらないが、手裏剣術に優れた政は、江戸城御庭番の切り札の一人である。彼の手裏剣の前には、いかなる手練もあっさりと敗北した。
「うむ」
七郎は真面目くさった顔でうなずいた。源の店の看板娘は揃って亭主持ちだが、それはそれ。女日照りの七郎には、愛想良い女の笑顔だけでも神仏の慈愛に等しい。
河原では旅芸人一座が昼食の準備をしていた。
「おい、かすみ。水をくんできてくれ」
「あいよ」
一座の親方に頼まれた娘が手桶を両手に川へ行く。肌の浅黒い娘だが器量良しだ。
名は、かすみという。旅芸人という宿命は、霞のようであるという事なのか。
何にせよ、かすみは川まで水くみに向かった。そして河原に座りこんだ男の丸まった背を見た。
「何してんだい」
かすみは男の背に声をかけた。彼女は男がぼんやりと水面を見つめている様子に、ただならぬ気配を感じ取ったのだ。
だが男は何も答えない。仕方ないので、かすみは両手の手桶に川の水を一杯にした。しなやかな所作である。年頃は十七、八か。彼女は旅芸人一座の花形で、高所での綱渡りを芸としている。
「……なあ」
男がかすみに呼びかけた。男は夜の中で魔性の蜘蛛女と遭遇し、更に般若面によって制された順三郎であった。
夜の庭で七郎は目を閉じ瞑想する。
闇と静寂の中で七郎の魂は天地宇宙と調和した。
心に浮かびゆく数々の思い。それは己の進んできた道と、これから進むべき道への思いだ。
七郎は目を開くと共に抜刀した。横薙ぎの一閃が闇を斬る。
勢いを殺さず頭上に振り上げ、踏みこんで一刀を打ち下ろす。
夜の闇に潜んでいた魔物も逃げ出さんばかりの迫力であった。
七郎が手にする刀は三池典太という。後世では国宝に数えられる名刀で、その刃は魔物をも斬ると伝えられる。
――斬れるか、無明を。
七郎は刀の峰を右手で軽く打ち、刃を鞘に納めた。
月下に佇む七郎には、死を覚悟した者の放つ潔い気配がある。
その七郎は自らに問うていたのだ。無明を断てるかと。
無明とはこの江戸を覆う不穏な気配に他ならない。




