第十一回 無刀取り
「心にもない事を言うな」
般若面は蜘蛛女に向かって言葉を紡いだ。
「そんな女ではあるまい」
見上げる般若面と動きを止めた蜘蛛女。二人の視線が交わる。そんな二人を順三郎は疑わしく見つめていた。
「き、貴様ら仲間か!」
「うむ?」
順三郎の発言に般若面も蜘蛛女も戸惑いを見せた。
「何を言って……」
「なんでこんな男と……」
般若面と蜘蛛女は戸惑いを隠せない。般若面はともかく、蜘蛛女にいたっては指摘されたように悪い性格ではないかもしれない。
「黙れ黙れ黙れー!」
順三郎は刀を抜いた。刃に月光が反射して淡く輝く。今の順三郎は恐慌状態であった。極度に興奮していた。自分が信じていた士道というものが幻想に過ぎなかった事に混乱し、狂いそうになっていたのだ。もはや理屈は通じなかった。
「死ねえー!」
順三郎は刀を振り上げ般若面に斬りこんだ。迷いない一刀だ。
般若面はその刃を避けた。そして半円を描くように順三郎の右手側に回りこんだ。
般若面の左手が拳となって、順三郎の鼻を軽く打つ。
「お、おお……」
順三郎は鼻を打たれた衝撃に二、三歩後退した。
「もうやめとけ」
般若面は面の奥から寂しげな声を出す。彼は正気を失った人間を何人も見てきた。そして般若面もまた正気を失った事がある。人生に何の展開も見えなくなった悲しさを般若面は知っている。
「……うおおおー!」
順三郎は再度、踏みこんで一刀を打ちこんだ。最高の心技体だ。順三郎が学び覚えた剣術の集大成であった。
だが般若面は順三郎より僅かに早く踏みこんでいた。右肩から順三郎の胸元へぶち当たる。
うめく順三郎に般若面は組みつき、彼の両腕に抱きつく。順三郎の両腕を捉えながら体を独楽のように回し、彼を背負って投げる。
順三郎は背中から大地へ投げつけられていた。
「おご……」
順三郎は地面でうめき、泡を吹いて失神した。刹那の間に閃いたのは、後世の柔道における一本背負投だ。
無手にて、刀を持った対手を制する――
それを無刀取りという。




