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したたかに謳って♪  作者: 凪沙 一人
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ep.9 村を挙げての結婚式

 その日の夜、ヘロンの家の台所ではアトリが食材とにらめっこをしていた。

「どうしたの? 」

 ヘロンに声を掛けられたアトリは途方に暮れていた。

「いや……獣も生きている時には剣を向け、退治してきたのだが捌かれて食材となると勝手が違うのだ。いや、正直に言おう。剣以外の刃物を持った事がないのだ。包丁とか鋏とか家庭的な事は学んでこなかったのだ。」

「そっか。」

 そういうとヘロンは包丁を握り食材を切り分け始めた。

「……呆れたか? 」

 少し寂しそうにアトリが呟いた。

「なんで? アトリは家政婦じゃなくて嫁だろ? なら出来る方がやればいいじゃん。」

 そう言いながらヘロンはてきぱきと出汁を取り始めた。

「それは何をしている? 」

「出汁…… まあスープの素ってとこかな。獣の骨から作ると一晩ほ掛かるから今夜は魚介ベース。あ、魚介苦手? 」

「あ、いや。料理は得意なのか? 」

「得意っていうか親も居ないし、いつまでもクレイン叔母さんの世話にもなってられないからさ。必要に迫られてって奴。僕もそうでなければ料理なんてしてないと思うよ。」

 それを聞いてアトリは少し考えた。

「頼みがあるのだが…… 」

「何? どんなこと? 」

 明日の式が終わったら、あのクレインという方の元に修行に行きたいのだが許して貰えるだろうか? 」

 それを聞いてヘロンはきょとんとした。

「クレイン叔母さんは剣術も魔術も使えないよ? 」

「いや…… そのだな…… 順番がおかしいのは承知している。承知した上で言っているのだが…… 花嫁修業をしたいのだっ! 」

 花嫁修業と聞いて今度はヘロンが少し考え込んだ。

「すると僕も花婿として修業した方がいいのかな? 」

「いや、花婿修業というのは聞いた事がないので不要ではないか? 」

 アトリの反応を見てヘロンはクスクスと笑いだした。

「私は何か変な事を言ったか? 」

「ううん。僕に修業が不要のらアトリも修業なんて要らないんじゃないかなと思ってさ。」

 するとアトリは激しく首を横に振った。

「それではダメなのだっ! 冒険先では命を張ってでもヘロンを守る。だが家の中ではただの役立たずになってしまう。それでは嫌なのだっ! 」

「わかった。」

 ヘロンはアトリを抱き締めた。

「え!? あ、いや…… 私はヘロンの嫁だから別にいいのだが…… その…… 心の準備がだな…… 」

 アトリは顔を真っ赤にしているのだがヘロンからは見えていない。

「まず、冒険先ではアトリに背中は預ける。けど、命を張るな。一緒に生き延びよう。それから別に僕は嫁が家事をしなきゃいけないとは思ってないけどアトリが笑って過ごせないんならクレイン叔母さんにお願いしてみるよ。」

「…… 礼を言う。ありがとう…… 」

 アトリもヘロンを抱き締め返した。そこへグゥと音が聞こえた。

「盛り上がってるとこゴメンにゃ。そろそろ限界にゃ…… 」

 お腹を空かせたミーコの腹の虫が音を上げていた。

「あ、悪い悪い。」

 アトリが慌てて並べた食器にヘロンが盛り付けていく。

「いただくのにゃあっ! 」

「いただきます。」

 家で誰かと一緒に食事をするなど何年ぶりだろうか、などと思いつつヘロンは1人で片付けをした。どうもアトリもミーコも皿洗いをしたことがないらしい。


 ***


 翌日になると朝から大騒ぎだ。まずクレイン叔母さんがやってきて花嫁衣裳の着付けをすると言ってアトリをを連れ出す。女手が必要だからとミーコも連れていかれた。それと入れ替わりに村長がやってきて婚礼の儀について長々と説明を始めた。それが終わってやっと神殿まで行くと村長の長話の間に花嫁衣裳に着替えたアトリが待っていた。

「え!? 」

 剣士姿と旅姿しか見たことのなかったヘロンは一瞬、戸惑った。

「やはり変か? どうも動き難くてかなわないんだが、クレイン殿がどうしてもと…… 」

 恥ずかしそうに俯くアトリの後ろからクレインがドヤ顔で現れた。

「これはねえ、あたしの花嫁衣裳のお下がりなんだけど綺麗だろ? うちに娘でも生まれたら着せるつもりだったんだけどねえ。」

「うん、綺麗だ。」

 ヘロンの言葉にアトリが呟く。

「そうだろ? 私には勿体ないぐらい綺麗な衣裳だ。」

「いや、アトリが…… 」

 ヘロンの言葉に真っ赤になったアトリの顔が白い花嫁衣裳に目立っていた。

「はいはい。とっとと神殿に入るにゃ! 」

 突然、二人はミーコに背中を押された。

「え? なんでミーコ? 」

「この村には神職者がいないから元神子巫女のミーコが代行を頼まれたのにゃ! 」

 ヘロンが呆れたように頭を掻いた。

「それ…… 頼まれたんじゃなくて買って出ただろ? 」

「にゃ、にゃんでバレたにゃ!? 」

 慌てるミーコを見てヘロンは更に呆れた。

「余所者のミーコが元巫女だなんて自分から言わなきゃ、この村の人が知ってる訳、ないだろ? 」

「うにゅう…… 村長さんが埃まみれの難しい本を眼鏡を掛けたり外したりしながら読んでから大変だなって思ったのにゃ…… 」

 更に何か言おうとしたヘロンをアトリが止めた。

「ミーコも良かれと思ってやった事だ。それに外で皆も待っている。」

 すると神殿の奥から大欠伸が聞こえてきたのだった。

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