ep.8 プルム村は大騒ぎ
プルム村の入り口ではクレイン叔母さんがヘロンを出迎えるために待っていた。
「ただいまぁ。ランク別なんて嘘じゃん! 」
「なんだい、帰ってくるなり愚痴溢してんじゃないよ。ああでも言わないとあんた行かないだろ? どうせ最下位とかだったんだろ? 参加賞くらいは貰えたのかい? 」
王都での出来事など知る由もないクレインは何も期待していなかった。
「こちらはお母様ですか? 」
ヘロンの後ろから女性の声がした。
「い、いや近所に住んでるクレインって者さ。どちら様だい? 」
てっきりヘロン一人だと思っていたクレインが少し驚いたように答えた。
「私はヘロンの嫁のアトリと申す者。こちらはヘロンの優勝賞金で買った王都の土産物になります。お口に合えばいいのですが。」
クレインはアトリの差し出した土産を受け取った。
「へえ、そうかい。ヘロンの…… よ、嫁ぇえええ! しかもヘロンが優勝したぁあああ!? えらいこっちゃ、えらいこっちゃ! 村中に知らせなあかん! 」
クレインは慌てて走り出した。
「えっと……取り敢えず家に行こうか。」
「はい。」
「にゃあ! 」
多少戸惑うアトリとミーコを連れてヘロンは家に戻った。そこへ慌てた様子の村長が駆け込んで来た。
「ヘロンが嫁を貰ったとは本当かやぁあああっ!? 」
「え、村長? いや、えと…… 」
ヘロンは何と説明するべきか迷っていたし、アトリもあまりの村長の慌てぶりに驚いてしまっていた。
「も、申し遅れました。私はヘロンの嫁になったアトリと申します。不束者ですが宜しくお願いいたします! 」
アトリが深々と頭を下げると村長は嬉しそうに頷いた。
「おうおう、よう出来た娘さんだ。どちらの娘さんかや? 」
「はい。王都の貴族ヒルンド家に仕える騎士ブルフィンチ家の娘にございます。」
それを聞いて村長は目を丸くし、そこでアトリのランク証にも気がついた。
「貴族の騎士の娘さんで、しかもBランクぅ!? えらいこっちゃえらいこっちゃっ! 宴じゃ宴じゃ結婚式じゃぁあああっ! 」
村長は嵐のように去っていった。
「あの……ヘロン、これはどういう事なのか……? 」
村長の様子を不思議そうに見送ったアトリがヘロンに尋ねた。ヘロンの説明によれば過疎化の進むプルム村にとって、村の外から嫁いで来るというのは一大事らしい。それも名門貴族に仕える騎士の家系となれば村にとっては前代未聞なのだと。
「その…… 私のような者に嫁がれて迷惑だったか? 」
どうもアトリは村中が大騒ぎになってしまった事が気になるようだ。そもそもヘロンが乗り気ではなかった事は承知している。半ばステナが無言の圧力で強制的に押し付けたようなものだ。けれどヘロンは存外、気にしてはいないようだった。
「まあ嫁を貰う気なんてなかったけど、こんなに村中で喜んで祝ってくれるんなら、いいかな。自由気ままに生きてきたから人に喜んで貰うってなかったし。」
ヘロンの答えにアトリは不安そうに聞き返した。
「そんな理由でいいのか? この先、善き婦女子に巡り合うかもしれぬぞ? それに、こういう事は村のためではなく、自分の…… 」
そこでヘロンが人差し指をアトリの唇に当てた。それ以上は言わなくていいという意思表示のつもりだったのだがアトリは頬を紅潮させて俯いてしまった。
「す、すまない。前にも、こういう事があったな…… 」
「ヒルンド家のお嬢さんに潰されるのも困るけどさ。前にアトリはランクが何であれ自分より強ければ依存はないって言ってくれたろ? 僕の生き方にそう言える人は中々居ないしね。」
それを聞いてアトリは涙しながらヘロンの胸に飛び込んだだが……
「あの、お二人さん。盛り上がってるとこ悪いけど皆見てるにゃ。」
ミーコの声に二人は我に返って周囲を見回すと窓や扉の隙間から多くの視線に晒されていた事に気づき慌てて離れた。
「す、すまないヘロン。わ、私の所為で気恥ずかしい思いをさせてしまった。」
アトリは更に顔を紅潮させて顔が上げられなかった。
「ほらほら、あんてたち、何見てんだい? アトリちゃんは見世物じゃないよっ! 若夫婦の邪魔するもんじゃないよ。まったく野暮な連中だねぇ。」
戻って来たクレインがヘロンの家を取り囲んでいた村人を追い払う。
「ちぇっ。もうちょいでキスぐらい見れたのによぉ。」
「キ、キキキキキス!? 」
村人の去り際に聞こえた言葉にアトリは顔から火が出るのではないかというくらい動揺していた。
「おやおや、王都の娘さんたちは進んでると思ってたけど? 」
「叔母さん。アトリは騎士の家に生まれたから、そういう事はお堅いんだよ。あんまり、からかわないでやって貰えるかなぁ。」
「はいはい。王都の模擬迷宮探索大会で何があったか知らないけど、ヘロンが女の子を庇うようになるとはねぇ。可愛い子には旅をさせろって言うけど、あたしも行かせた甲斐があったてもんだね。式は明日だからね。今日は二人でゆっくりしなよ。獣人の嬢ちゃんも邪魔すんじゃないよ! 」
こうして、ようやくヘロンの家も静かになったのだった。