ep.7 困惑の表彰式
あまり無事とは言えない形で模擬迷宮探索大会は終了した。主宰者であるステナの父、ヒルンド侯としても想定外結果に不満を抱いてはいた。娘にSランクを二人もつけていたにもかかわらずヒルンド家の紋章の着いた皿を持ってきたのはEランクの冒険者が率いるパーティーというのは納得し難かった。とはいえ迷宮の中に予定外の巨大な獣が現れヴァルメロもマリヴェルも皿よりもステナの搬送を優先したのであれば仕方ないという部分と、皿を持ってきたパーティーの中にヒルンド家に仕えてきたBランクのアトリがいるというのもあり、渋々ではあるが表彰する事にした。それでも予定外の獣を娘のパーティーが倒したというアピールは忘れない。さらに困った事を言い出した。
「どうだろう、通常の三倍はあろうイボアを倒したパーティーメンバーのランクを特別昇進させるというのは? 」
通常の昇進試験を経てはいないが特別な手柄を立てた者の特別昇進は過去にも例がないわけではなく、それに主宰である有力な貴族のヒルンド侯が言うのであれば異を唱える者などいないと思われた。しかし慌てて昇進を否定する者がいた。当人であるヴァルメロとマリヴェルである。
「お待ちくださいヒルンド卿! 我々などは御息女がいなければ、あの巨獣に討ち勝つ事など到底不可能にございました。故に昇進の件、固く辞退させていただきます! 」
「しかしのぉ…… 」
ヒルンド侯としては娘を無試験でSランクに押し上げるチャンスだと思ったのだがヴァルメロとマリヴェルに辞退されてはステナだけ昇進させる訳にもいかなかった。
「よいではありませぬか父上。この二人が居ればいくらでも機会もございましょう。それに皿を持ち帰ったのがプルム村のヘロンであれば、妾もアトリをくれてやった甲斐があるというものです。」
親の心子知らずなどと思ってはみたがステナにまで、そう言われては今回は諦めざるをえなかった。何はともあれヘロンたちに無事、1万枚の金貨が支払われた。そこへヴァルメロとマリヴェルがやって来た。
「どうやらステナ様を無事に運び出してくれたようだな。だが報償金の分け前など無いからな。これはヘロンのものだ。」
アトリに警戒をされてヴァルメロは、ばつが悪そうに小声になった。
「あの巨大イボアを倒したのが本当に俺たちなら分け前も請求するとこだが、あんたらは命の恩人だ。そんな事ぁ言わねえよ。」
「まあ、お陰であたしらSSランクにされるとこだったけどねぇ。」
マリヴェルがぼやくように呟いたのでミーコが首を傾げた。
「そう言えばにゃんで辞退したのかにゃ? SSランクになれば高給取りにゃのに……」
するとヴァルメロとマリヴェルは同時に首を横に振った。
「おいおい、SSランクって言ったら大陸中でもほんの一握りしか居ないんだぞ! そんなもんに成ってみろ、またあんな化け物が現れたら確実に駆り出されちまうじゃねえか。そんなの無理に決まってら。」
ヴァルメロの言葉にヘロンも頷いた。
「ああ、だよね。僕がEランクの冒険者やってる理由も似たようなもんだし。」
「命あっての物種だもんねえ。まあ、あんたの場合、話のレベルが違い過ぎるけどさ。」
マリヴェルの言葉にはヘロンも苦笑するしかなかった。
「それで、これからどうするんだい? 」
「もちろんヘロンの村に行く! 」
マリヴェルの問いにアトリが即答し、脇でミーコも頷いていた。
「そういや金色ランク証の剣士さんは冒険者の嫁だったっけね。新婚生活資金を盗賊に狙われないよう気をつけなよ? 」
「……まあ金貨1万枚くらい僕の収納魔法に収まるから大丈夫です。」
新婚生活資金と言われてヘロンも返答に迷ったものの、せっかくマリヴェルが心配してくれているのだしアトリとの関係を説明するのも面倒に感じて無難に答えたつもりだったがマリヴェルは違う意味で目を丸くしていた。
「あんたねえ……ランク証以外、Eランクの要素ないんだけど? 収納魔法って言ったら普通、Eランクの冒険者が使える魔法じゃないだろ? でも、あんたが規格外なのは目にしてるしね。達者でおやり。」
「ヘロンだったな。名前は覚えたぜ。縁があったら、また会おうや! 」
ヴァルメロたちはそう言って去っていったが笑顔で手を振りながらもヘロンの思惑は違った。プリム村に帰ったら、のんびり自給自足の生活に戻って村から出るつもりはなかった。だから二度と会うこともないだろうと思っていた。一方のヴァルメロたちは今後の身の振り方を二人で相談していた。
「ねえ、どうすんの? あのヒルンド家の嬢ちゃんの言うとおり契約更新するの? 」
マリヴェルの問いにヴァルメロは少し考え込んだ。
「あの巨大イボアは俺たちが倒した事になってんだよな? 」
「そうね。確かに倒した武器はあんたの戦斧だもんねえ。」
他人事のように答えたマリヴェルにはヴァルメロの心配事が手に取るようにわかっていた。それはSSランクへの昇進を辞退したとはいえ、次にイボアに限らず巨大な獣が現れた時には駆り出されるかもしれないという不安だった。