ep.66 鬼怪・急襲
ヘロンたちが出立の準備をしていると不意に暗雲が立ちこめて来た。ヘロンが出ようとしたのだがマリアンヌが、それを止めた。
「ここは、わたくしが見て参ります。ヘロン様はお仕度を急いでください。」
そう言うとマリアンヌは急いて出ていった。村の外では怪しげな雲が異形を成そうとしている。
「思ったよりも近いですね。この距離まで接近を許すとは……鈍りましか……いえ、この異質の気配の所為ですね。このままでは近隣に被害が。それはヘロン様も望まないはず。殲滅するにしても村から遠ざけてからですね……」
「なら、その役目。引き受けようか。」
そこにはエクレアが立っていた。
「この相手、魔王の娘から見ても異質です。無理はしないように。」
「私も少し前までは凍国六刃将が1人、雷刃将と呼ばれた者。己の器量は心得ている。それに……」
「それに?」
「ヘロン殿に付いては来たが、まだ嫁にして貰っていないのでね。倒される訳にはいきません!」
そう言い切ったエクレアを見てマリアンヌは少し苦笑した。
「なるほど……確かに、それはわたくしにも言える事。では、共にヘロン様の元に戻る為に参りましょうか。」
エクレアは小さく頷くと怪しげな雲の方へと駆け込んでいった。
***
「なんだ、こいつら!? 」
その頃、上空の雲の中ではメアが異形の相手を前に困惑していた。鳥とも蟲ともつかないものが、雲の中を飛んでいた。もはや、どの感覚器官でメアを認識したのか。いや、その感覚器官さえ何処にあるのかも判然としないまま異形はメアを取り囲み始めていた。だが次の瞬間、一方向の異形が動きを止めて墜ちていった。
「らしくもないな。相手が何であれ敵であれば燃やし尽くせばよかろう?」
「アイズ!? ヘロンたちとデリン村に向かうんだろ? こんな所で油売ってんじゃないよ……って言いたいところだけど、正直助かったよ!」
白き竜を駆るアイズは小さく首を振った。
「拙者たち氷竜人は相手を凍てつかせ、メアたち炎竜人は相手を燃やし尽くす。竜人にとっての常識を申したまで。礼には及ばぬ。」
そう言ってアイズが氷結させた異形は、落下の衝撃で粉々に砕け散った。だが、微細に砕けた氷片は溶けるのも早い。溶けた異形の欠片たちは再び一つになろうと集まり始める。
「そうはいかないよ!」
異形の欠片が形を成す前に焼き払った者がいた。
「フレア⁉」
「ヘロンの家やアトリを守るってのも、大きく考えたらヘロンの背中を守る事になるだろ?」
それ以上は言葉を交わす間もなくフレアは地上の異形の殲滅を始めた。
「……なるほど。皆さん、ヘロン様の嫁を自認するだけあって、今成すべき事を理解されているようですね。それならば、わたくしも自分の成すべきを成すとしましょう。」
マリアンヌも聖剣と魔剣を手に威力を抑え異形たちを被害の出ない場所まで誘導する。
「この辺でいいでしょう。我が身は魔鋼、纏うは聖鎧。放つは聖魔の二刀流……天魔覆滅っ!」
マリアンヌが掛け声と共に放った光とも闇ともつかない斬撃が一瞬にして異形の者たちを飲み込んでいった。
「……あぁ……確かに、そんじょそこらで放っていい技じゃないねぇ……」
あまりの威力の大きさにフレアが呆れて言った。
「……一応、範囲的に三分の一程度には抑えたのですが……もう少し控え目の技でも大丈夫そうですね。」
涼しい顔で答えるマリアンヌにアイズは感心していた。
「なるほど……一度手合わせしてみたいと思っていたが、どうやら格が違うようだ。」
と言いつつ、余計にヘロンに興味が湧いてきた。これ程の剛の者を一度は封印したというヘロンに。
(今は拙者も嫁の一端。いずれは、その強さの真髄に触れる事もあろう)
***
マリアンヌたちが一戦終えてヘロンの家に戻ると、すっかり旅支度が出来ていた。
「お疲れさん。……と言ってもマリアンヌは半分も能力を奮ってないみたいだね。」
マリアンヌを、一目見ただけで半分も能力を使っていない事に気づくヘロンにアイズもエクレアも感心していた。メアとフレアにしてみると、もう少し自分たちも見て欲しかった。ただ、ヘロンからすると他の皆はいつも通りであり、天魔覆滅を放った分だけマリアンヌはいつも通りではなかった。その差異を感じ取ったに過ぎない。
「さて、僕たちは出発するけど……マリアンヌは残って貰えるかな? 」
ヘロンの言葉にマリアンヌは顔色一つ変えずに頷いた。
「先ほどの異形の集団がリリィを追ってのものなのか、ヘロン様を狙ってのものなのか、この家を襲うつもりだったのか判断致しかねますので、それが宜しいでしょう。わたくしの代わりはエクレアに行って貰いましょう。」
「え!? わ、私!」
ヘロンに同行出来るのはよいが、マリアンヌの天魔覆滅を見てしまったので自分に代わりが務まるのか不安を覚えていた。
「私で大丈夫だろうか? 」
「案ずる事はない。先ほど程度の相手であればエクレアの速度を以てすれば各個撃破は可能と思われます。それに……」
「それに?」
「後ろにはヘロン様が控えているのです。何の憂いも要りません!」
自信満々に答えるマリアンヌを見て、エクレアもそれもそうだと納得していた。




