ep.64 久しぶりの我が家
ヘロンたちの乗った船が王国の港に着くと、そこにはマリアンヌから連絡を受けていた自称嫁たちが大挙して待ち構えていた。そして、帰国祝となったのだが……。
「確かに我は旦那様の背中を守る為という貴女の言葉を信じてワイドバングルを用意して密航のお手伝いをいたしました……が、それが、どうして……はぁ……」
アイリスは切ない瞳でアトリのお腹を見つめ溜め息を吐いた。
「い、いや……これは密航したので私の分の宿が無くて……ネージュ殿が新婚だからとヘロンと同室にしてくれたのだが……そもそもヘロン用なのでセミダブルのベッドが一つしか無くて……凍国の夜は暖房がついていても、とても寒くてだな……人肌がというか、成り行きというか……その……」
顔を真っ赤にしているアトリを見ていてアイリスは何か自分が悪い気がしてきていた。
「まあ、いいでしょう。他の人ならいざ知らず、“一応”本妻のアトリさんです。旦那様のお子様は誰が産んでも我が子同然。無事に生まれてくる事を祈っています!」
アイリスに我が子も同然と言われても釈然としないが可愛がっては貰えそうだと思うとアトリも複雑だった。
「ところで……あのお二人はどういう事?」
アイリスの視線の先にはエクレアとフレアが居た。一応はアイズもヘロンの嫁を事象してはいるがメアと旧交を温めたら凍国に帰ると聞いていたので標的は二人に絞られた。
「あのお二方も、まあ成り行きというか、それでヘロンの嫁という……」
「脇が甘い!」
メアやアイズのような一夫多妻の竜人族を除けばアイリスに限らず、これ以上『自称嫁』が増えるのは好ましくない。単純に言えばライバルが増える事になるのだから。
***
安定期には入っているものの、少々悪阻が酷いらしく、こればかりは怪我でも病でもないのでマリアンヌの治癒魔法でも治せない。
「すみませんね。ヘロン様の御子を授かったのですから耐えてください。」
マリアンヌには他意も悪意もないし、アトリはそれどころではなかった。気分がすぐれないものの自分の所為で自称嫁たちの空気が不穏なのも気になっていた。端的に言えばアトリがフレアにヘロンの背中を託した事である。
「ともかく、ヘロンの背中は、あたしがアトリから任されたんだ。誰にも譲る気は無いよ!」
フレアは頑として譲る気は無い。それに自称嫁たちには今まで請け負ってきた役目がある。アトリの産休及び育児休暇中をフレアが務める事自体には支障は無い筈である。理屈では、その通りなのだが正妻であるアトリの代わりを突然やって来たフレアが務めるというのが感情的に納得出来ないようだ。
「すみませぇん!す、み、ま、せぇん!」
ヘロンの家の前で一人の少女が大声を……出しているつもりなのだが、中の皆には届いていなかった。そこへ王都からやって来たアライアが通り掛かった。
「ヘロン君……こほん。ヘロンさんに何か御用かしら?」
今までの経緯から、アライアはどうしてもヘロンの家を訪ねる少女を見ると警戒心が湧いてしまう。
「ここがヘロン一家の事務所?だと聞いて来たんです!」
「つまり、依頼人? いいわ、お入んなさい。あ、このアライアちゃんは冒険者協会のヘロンくん一家専属担当官だから大丈夫!」
アライアに案内されて家に入ると女性陣の視線が一斉に少女に集まる。と同時にアライアの視線は凍国からやって来た女性達を据えていた。
「そ、そちらの方々は、どちら様?」
「拙者はメアの知己にして凍国は元六刃将筆頭氷刃将。氷竜人が末裔、白い頭のアイズ。メア同様、竜人族は一夫多妻だからヘロン殿の嫁と認識してくれて構わない。とはいえ、エクレアが此方に嫁ぐので凍国も守らねばならぬので単身赴任?とやらになるかな。」
「よ、嫁ぇ⁉ 嫁ぐぅ⁉」
アイズの言葉にアライアの声が思わずひっくり返った。
「まてまて。ヘロンに嫁ぐのは身重のアトリからヘロンの背中を預かったあたしが先だろ?」
「また嫁ぐ⁉てかアトリさんが身重⁉」
思わずアライアは目眩を起こして座り込んでしまった。
「あたしは元妖界六禍戦、妖焔のフレア。今言ったとおりヘロンの嫁だ。」
「聞いてない、聞いてない!アライアちゃんは、聞・い・て・あぁいっ!」
思わず駄々を捏ねる子供のように叫ぶアライアにエクレアが申し訳なさそうに声を掛ける。
「……言い難いのだが……凍国には他にも嫁たちが……」
「へ、へ、ヘロンくぅん。ど、どういう事か説明してくれるかなぁ?」
どうにも動揺の隠せないアライアの様子に一緒に入ってきた少女は戸惑っていた。
「先に、こちらかな? ここへは、どんな用事かな?」
ヘロンが少女に声を掛けた。アライアとしては誤魔化されたような気がしないでもなかったが冒険者教会のヘロン一家担当官としては優先すべきは依頼人である。
「このお金で、わたしの村を助けてくださいっ!」
そういうと少女は背負っていた鞄から金貨の入った袋を取り出してテーブルの上に置いた。
「これで足りなかったら嫁でもメイドでも何でもやりますから、お願いします!」
少女は床に土下座をして懇願していた。




