ep.63 新たな分家
ヘロンは王国に帰国する旨を伝えに法廷を訪れていた。
「御苦労だったね。」
「ネージュッ! 僕は借りは返すけど貸しを作りに来た訳じゃないよ?」
ネージュは苦笑していた。
「いや、皆がヘロンについて行ってしまうから誰かがレクシス法王をお守りせねばならぬだろう? それにヘロンの大事な人も守れたのだから、そう目くじらを立てないで欲しいな。」
ネージュの言っている事も一理あるのは理解するが、結果的な仕事量は雲泥の差である。
「この度の件については、このわたくしからも深く御礼申し上げます。」
さすがに一国の主に頭を下げられるというのはヘロンも気が引ける。
「べつにレクシス猊下に文句を言っている訳ではないので頭を上げてください。」
レクシスがやっと頭を上げてくれたのでヘロンも内心、ホッとした。そこへドヤドヤと言い争いをしながら、やってきた者たちがいた。
「いい処に居たよ、お前さん。王国には、あたしがついて行くからエクレアには残って六刃将の仕事を全うしろって言ってんのにさ…」
そこへ今度はシルフィとレイが現れた。
「ちょっとお待ちぃ。なんで二人で話し進めようとしてんのよ? ヘロンについてくって話しなら私だって入れなさいよね!」
「六刃将は凍国を守っていればいい。ヘロンは元六禍戦がついている!」
この光景にレクシスは困惑し、ネージュは笑いを堪らえていた。
「その辺にしていただけますか?猊下の御前ですので。」
ネージュの言われてハッとなりエクレアは大人しくなったのだが……。
「生憎と凍国の人間じゃないんでね。妖界の無くなった今、惚れた男以外に頭を下げる気は無いよ!」
「フ〜レア?」
啖呵を切ったはいいが、ヘロンの視線に耐えきれなかったらしい。
「お、お前さんがいうなら……仕方ないねえ。ほら、あんた達も!」
シルフィやレイも、ヘロンが言うのであればと口を噤んだ。
「しかし実の処、皆を連れて行かれては凍国としては困る事になる。六刃将や六禍戦ほど腕の達者な者など、そう簡単に育つ訳もないからな。」
いかに妖界から侵攻の憂いが無くなったとはいえ、凍国六刃将筆頭としてはネージュも簡単に送り出す訳にもいかなかった。
「では、アイズ様に六刃将に復帰していただき、私はヘロンについて行く事に……」
エクレアからすれば自分が凍国から離れた方がブラスカの為だと思っているのだが他の女性陣からすれば、それはエクレアとブラスカの姉弟の問題であってヘロンに誰がついていくかとは別の問題である。
「拙者は久方振りにメアに会いにヘロンに同行しようと思っていたのだがな。」
とアイズが言えば
「アトリから直々にヘロンの背中を預かったんだ。譲る気は無いよ!」
とフレアも返す。結局のところ堂々巡りになってしまう。
「ヘロンの旦那、こっちにも分家作ったら如何なもんでしょ?」
「そうですね。わたくしも、それがいいかと思います。」
ドリュフォロスの提案にマリアンヌも乗った。正直な処、マリアンヌも、これ以上プルム村のヘロンの家に”自称、次の嫁“が増える事は望んでいない。
「なるほど、それならばヘロンの家族になっても凍国の防衛に支障はなさそうだ。」
ネージュは王国に来た際に王都の分家を見てきているが凍国の女性陣には何の話か分からなかった。そこでマリアンヌがわかりやすく丁寧に説明をした。
「な、なるほど……」
エクレアは頷きはしたが、それではブラスカを独り立ちさせるという目的が果たせない。エクレアが行くのであればレイも退くつもりはない。もちろんフレアもである。
「では拙者はメアの顔を見たら、こちらに戻って来るとしましょう。」
最初に折れたのはアイズだった。
「私もヘロンが必ず帰って来てくれるんなら、『愛しい人を待つ女』ってのになってもよくてよ?」
言い方はともかくとしてシルフィも残る事に同意してくれた。そのシルフィが説得してくれたお陰でレイも残る事になりプルム村へは、どうしても折れなかったエクレアとフレアがついて行く事になり、メアに会いに行くアイズと共に港へと向かった。さすがにレクシス法王自ら見送りでは騒ぎになってしまうので名代として凍国六刃将筆頭凍刃将ネージュがやってきた。
「ネージュ、これで貸し借りは無しだからね?」
「わかっているよ。何かあったら、また貸しを作りに行かせてもらう。」
ヘロンに向かってネージュは悪怯れる様子もなく答えた。それに対してヘロンは苦笑するしかなかった。
「エクレア、里心が付いたら我がいつでも代わるぞ。」
「里心は付かないと思うけど、里帰りはするかもしれないから、その時は宜しく。」
エクレアの予想外の返事に、逆にレイの方が戸惑ってしまった。その頃、船内ではアトリが手持ち無沙汰にしていた。
「私もヘロンの嫁として、見送りに応えた方が良いのではないか?」
「いや、安定期に入ったからと言って凍国の寒気は冷たすぎるでしょう。嫁ならば他にも居るのですから任せておけばよいのです。」
マリアンヌが自分とお腹の子供を案じてくれているのはわかるのだが、やはり嫁が他にも居るというのは納得し難かった。




